ヨハン・ホイジンガ

「なぜそうなるの?」の根源的な答えである〔それ〕についての問いは、神聖な問いであると同時に、学問を生み出すような深い意味をもった問いでもあった。
宗教も哲学も、子供が発する〔なぞなぞ〕という遊びの中から生まれたのだと考えることができるだろう。
-[1872-1945] オランダの歴史家・サンスクリット文献研究家 ヨハン・ホイジンガ『ホモ・ルーデンス 人類文化と遊戯』より‐

今日の長崎はひどい豪雨です。こういう日は思索を行うにちょうどいい。
僕はよく「仕事も人生も遊びです」と言って、顰蹙(ひんしゅく)をかうことが多いのです。だから今日の「バイカー修ちゃん・今日のひとこと」でその理由を述べましょう。

結論からいうと、〔遊び〕の定義が、僕とみなさんでは違うのでしょうね。
〔遊び〕=悪いもの、つまらないもの、子供がおこなうもの、意味がないもの。と解釈される傾向がこの日本にはあるようです。

でも僕は、今日のホイジンガが述べているように、すべての宗教や哲学・・・おそらく科学も、その根源は、子供のなぞなぞ的疑問や、それに答えるべく先人が悟るまで考えぬいた宗教や哲学も、「人間は死んだらどうなるの?」、「風はどこから吹いてくるの?」っていう根源的な質問にあると思うのです。

いまの人間は形而上学的な、「言葉にできないことを考えること」をしなくなった。
結果、唯物論的な「死んだらなんにもなくなる」って短絡的な思考が主になった。

ここに大きな問題があるんだね。労働はロボットやAI(人口知能)でどんどん自動化されて、人間のやることは少なくなっている。
本来、人間でなければできないことは、気付けることであり、思いやりであったはず。しかし、それができないロボット並み・・・いや、労働の正確性からいったらロボット以下の人が多くなったのもまた事実だよね。
このままじゃ、考えることもAI下の人が多くなるんだろうな。
〔遊び〕の中からしか喜怒哀楽はでてこない。
科学だけでは答えられない根源的な問題は山ほどある。そこに自分なりの答えを見いだすには、崇高なる〔遊び〕感覚が必要だと思うんだね。

なぜ子供は一心不乱に遊ぶのかわかりますか?
社会の結びつきというお勉強をしているんです。
いまの賢い大人たちは、ここが欠けたまま大人になってしまった。
もう大人になってからじゃ、一心不乱には遊べないんですね。
だから、人生は一生、壮大なる〔遊び〕なんです。
一心不乱に遊べる人じゃないと一心不乱に考えることはできませんから。

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コメント(2)

藤田さん、ありがとうございます。
教育問題は、戦前からの重工業化に伴う、農村からの都市型の「勤め人養成」が教育の根幹にあることが大きな問題だと思います。真面目に黙々とそこそこのレベルの人間の大量養成。
それはそれで戦後の高度成長の大きな力になったことは認めるべきだと思います。しかし、いまや求められているのは独創性や、独自性となればこれまでのネガティヴな面が一気に出てくるのは当然だと思います。
しかしいま、優秀な高校から首都の有名大学に進学せず海外の大学に直接進学する子も増えてきたとのこと。これから日本も変わっていくのだと感じます。

全くその通りだと思います。
この世相の根源は何でしょうか。戦後の義務教育の推移・劣悪化にあるのではないでしょうか。受験戦争に打ち勝つ学力を付けるのが成果と心得ている先生、文科省の方針の積み重なりが、子供に好奇心を育むという重要な事を失わせて、言われる通りに従って勉強し、遊ぶという、受動的な習慣を身に付けさせてしまったのでしょう。
言われたとおりに行動していれば、一番良い子になれるので、自分では何も考えなくても良いと言う風習を子供達に植え付けてしまいましたね。日本の義務教育の学習内容を根本的に変えなければ、その内にノーベル賞受賞者は居なくなってしまいそうです。
ボーイスカウト活動は、それを幾らかでも是正しようとする学外活動と心得ているのですが、残念ながら近年学校内外のクラブ活動に押されて、組織減少が続いているのが残念です。

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