内田樹(たつる)

「日本文化」というのはどこかに原点や祖型があるわけではなく、「日本文化とは何か」というエンドレスのかたちでしか存在しない。
-[1950-] 東京都出身の神戸女学院大学教授 内田 樹2009年著『日本辺境論』「日本人は辺境人である」より-
昨今、日本はおろか、世界中の政治家センセイも経済人もはては、お笑い芸人にいたるまで立派なナショナリストとなり、「愛国」を語る人のなんと増えたことでしょう。
ここではトランプ大統領のような外国の人はおいといて、日本人のナショナリストの方々を考察してみましょう。
みんな「日本人とは」という確固たる日本人論があると確信しているように見える。まるで日本人は世界に冠たる偉大な民族だといわんばかりのようだね。

どっか遠いムカシそんなことを国家スローガンにして、海の向こうの新興国家にケンカふっかけてボロ負けしたのも新興国家の大統領の「陰謀」だったそうな。
そんな考え方をするから田舎ものの「辺境人」だって内田樹先生は看破してる。まったく痛快な本だねこれは。
日本人が「辺境人」だって証拠はたくさんでてくるけど、『「どういうスケールで対象を見るか」という問いは、本来あらゆる知的活動の始点に立てなければならない』という指摘はなるほどと思うな。

日本人は国家的にも個人的にも考える視点のスケールがたいへん小さい。自分の身の回りからまったく出られないと言っても過言じゃない。
大きな視点は必ず他者にゆだねている。国レベルならアメリカ様に。県というレベルなら国に、個人レベルなら会社や組織や町内や「家」に。

この日本人に「自分」がなく、自分自身で考えることができず、誰か他人の意思決定にゆだねる・・・つまり「他人のイデオロギー」でしか生きられないというところが、古来辺境の地で限られた閉塞社会で生きてきた日本人の国民性をかたち作っているというわけだね。

だから、大方の日本人は海を越えられないし、越えてきた外国人を恐れるがゆえにおもねったり、排除したりする。
こういう思考が、日本的ナショナリズムを生む土壌になっていると思うぞ。
こんなこと書くと自称「愛国者」から書き込みがどっとくるんだろうな。

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