アルフレート・アドラー

人の行動の95%は正しい行動である。しかし私たちは「あたりまえだから」とそれを無視してしまう。
わずか5%しかない負の行動に注目してはいけない。
‐[1870-1937]  オーストリア出身の精神科医・心理学者・社会理論家 アルフレート・アドラーの言葉‐
先週、11月10日から14日まで、アメリカはシリコンバレーに大学生の息子を連れて行ってきた。

インテル・ミュージアムを皮切りに、スタンフォード大学、シマンテック、HP、EMC、シスコ、Google、アドビの本社を訪問し、世界に冠たる彼らが何を考えているのかをナマで見て、聴いてきた。

翻訳レシーバーなしで説明を聴ける息子にかるい嫉妬を感じながら、世界はワカモノが創るんだと感じたね。

とくにGoogle本社のすごさといったら・・・開いた口がふさがらなかった。
何キロにもわたる広大な敷地、多数の低層のビル、まるで大学のキャンパスのような雰囲気に、タトゥーのお兄さん、子連れ、犬連れ、ありとあらゆる人種に、ポルシェ通勤、チャリ通勤、サッカーに興じる集団・・・、共通項は、みんな若い!

こんな連中が世界を創っているんだね。みんな頭脳は超秀才なんだろうな。

彼らはみな、僕らの一般常識でいえば「まともなヤツ」なんかいやしない。
日本の就職面談に来たら、こいつらみんな「不採用」になる恰好のやつがほとんどだ。

でも彼らの優秀で感受性にとんだ頭脳は、ICTで連結され食堂で、タコスと日本カレーをほおばりながらミーティングし「対話による知の創造」を生み出し、それは情報処理プロセスが「多次元的並行処理」される並列コンピューターとなって、Googleの驚異的なソリューションを生み出しているのだ。

それを目の当たりに見た。

やはり「文化の時代」はたった5%の短所をあげつらう日本の文化よりも、そんな違いはまったくに気にせず、95%のあたりまえを褒めあうアメリカの文化の方がマッチしてるんだと感じたね。

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コメント(4)

ppさんいらっしゃい!
たしかにマーラーの音楽は「多次元的並行処理」の見本のような音楽ですね。
その意味ではピカソの絵画もそうでしょうね。別の次元から見た事物を二次元に表現するんですからね。

僕ら凡人はマーラーやピカソにはなれないけど、いろんなことに興味を持ち、遊びも仕事も一所懸命に取り組むことがささやかな「多次元的並行処理」でしょうね!

松さん、人間は「合理的動物」なんじゃなくて「合理化する動物」なんですよ。
だから「ネクラで引っ込み思案だから人とうまく付き合えない」と考えるでしょ?
これは逆なんです。「人と付き合いたくないから、ネクラで引っ込み思案」という自分を演出してるんですよ。
だから強制的に「明るく開放的な自分」を演じればいやでも人付き合いはよくなります。

そうですね“多次元的平行処理”
いろんな考えが同時に噴出し、鳴り響き、驚異的なソリューションを生み出している
最高に興奮する瞬間ですね!
お互いがお互いを感じながら新しい世界を創造していく

マーラーの音楽も“多次元的並行処理音楽”なんですよね
いろんな考えの音楽が同時進行で多重に鳴り響く、
それらがぶつかり合う時に驚異的というかグロテスクというか、そんなサウンドが鳴り響き興奮させられます

多次元的なものが同時に処理される
同時なんですよね(オケのスコアみたいに多層で同時処理)
同時だから非常に複雑なんですが、爆発的なエネルギーを感じます
マーラーのサウンドに爆発的なエネルギーを感じます

レベルは違うと思いますが、私の前お世話に成って居た会社の上司は、UCLAに留学と言う遊びに行った?経験の有る人でした。

超保守的な会社の中でで異彩を放ってましたが、その上司の一番尊敬出来た事が、「人の良いとこだけ見る」と言う所ですね~

正直典型的な農耕民族の私は、周りを気にして人の悪い所ばかり目につくんですが、その上司のお蔭で少しだけ、そこを我慢できるように成った気がします。

なかなか アメリカ人の自由さを日本人やフランス人は素直に認めにくいですよねww

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