エーリヒ・ハルトマンが語るアドルフ・ヒトラー総統の回想

「ハルトマン・・君の言っていることは、すべて真実だろう・・・だが、もう手遅れなのだ。
さっきも言ったように、この戦争は軍事的には負けだ。
私のところへは毎日大勢の者が、やれ新考案のロケットだ、戦車だ、火砲だ、潜水艦だ、新作戦行動だ、攻撃だ、撤退だなどのほか、気違いじみた発明を持ち込んでくる。
それをみんな私一人でさばかなければならないのだ。
ああ、もう時間がきた・・・・」

ヒトラー総統は突然立ち上がった。ハルトマンは接見の終わったことを知った。
総統の握手の感じは機械的な気のないものだった。
1944年8月25日、ハルトマンは"狼の巣"を出るとき、もう二度と総統に会うことはあるまいと思った。
[1889-1945] ドイツ第三帝国総統 アドルフ・ヒトラーが1944 825日、人類史上最高の撃墜王(352機撃墜)エーリヒ・アルフレート・ハルトマン[1922-1993]にダイヤモンド騎士鉄十字章を授与する際語った言葉RF・トリヴァー『不屈の鉄十字エース』p224より
これは小説という形をとっているけど、人類史上空前絶後の352機撃墜の記録をもつ偉大なる撃墜王、エーリヒ・ハルトマンの回想だ

いまの時代、空中戦は相手をロックオンしたが最後、自動追尾式空体空ミサイルが相手を追いかけ撃墜する、マシン&コンピュータシステムの争いになっている。

ならずものの連中が(正規のロシア軍かもしれないけど)ロシア製の地対空ミサイルBUKでマレーシア航空の旅客機ボーイング777を撃墜した。

ミサイルを迎撃できるほどの高性能地対空ミサイルBUKなので、1万メートルを巡航している民間機なんて簡単に撃墜できるんだろう。

でも第二次世界大戦のころは、まだ人間が戦闘機を操縦し、ガンサイトで相手を照準し、機関砲で撃墜をする・・・三次元で飛ぶ航空機を撃墜するのは「神業」っていわれるくらい大変だったらしい。
戦闘機パイロットで戦争を生き残ることは、ドイツや日本、イタリアの敗戦国では難しかった。
パイロットは最も消耗率の激しい「兵士」だったんだ。

それを352機も撃墜するなんてまさに「神業」だ。
連合軍の戦闘機パイロットは、せいぜいトップエースで60機程度だから、352機っていう数字がいかにとんでもない数字かがよくわかる。

ドイツ空軍は、どこの戦線でも数的に劣勢だったから酷使されたんだけど、100機以上撃墜したスーパーエースが107人もいる。
ドイツ戦闘機のメッサーシュミットBf109や、フォッケウルフFw190が戦争初期から中期にかけては連合軍の戦闘機を性能的に凌駕していたってこともあるけれど、これはとんでもない超人的な数字だと思うぞ。

ハルトマンはドイツ人としては小柄で、子どもみたいな笑顔の青年だったから、仲間からは「ブビ(ベイビー)」と呼ばれリーダーシップを発揮した。
相手のソ連空軍からは、愛機メッサーシュミットBf109の機首をチューリップ型に黒く塗っていたので『黒い悪魔』と呼ばれ恐れられていた。
その『黒い悪魔』のメッサーから狙われると、ほとんどのパイロットは何が起きたかわからないうちに撃墜されていたという。

戦闘機というものは、カタログデータよりもパイロットの腕でその性能が左右されるというから、バイクに似た乗り物なんだろうな。
ほとんどのドイツ軍や日本のパイロットは、戦争後半の自分の愛機の性能に不満を述べているが、ハルトマンにいたっては、そういう記述がまったくないので、彼みたいな男の手にかかるとどんな戦闘機でも名機になるんだろうな。
さすがの名刀(メッサーシュミット:Messerschmitt:独語で刃物鍛冶の意味)も戦争後半はその切れ味も鈍り、性能的には苦しくなっていたはずだ。
しかしハルトマンは当時のアメリカの最強戦闘機P-51ムスタングをはじめとして、ソ連、英国その他の連合軍の新型戦闘機をほとんど撃墜リストに入れている。
ハルトマンによると、「メッサーは手足のように動き、なんの苦もなく」撃墜できたそうだ。

そこがプロなんだろう。われわれも見習わなくちゃいけないと思うぞ。
そんな男が、目の前で見たヒトラー総統はもう断末魔だった・・・。

独裁者の最期ってのはあわれだね。ロシアや中国、北朝鮮にもこれに近い人がいるけど心理的に似たものがあるのじゃなかろうか?

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