町の賢さはそこに住む人間たち、図書館、細密画師、書家、学校によって測られるべきではなくて、その町の薄暗い通りや何千もの道でこっそり犯された殺人事件の数によって測られるべきだ。
この論理によれば、イスタンブルが世界で一番賢い町であることは疑いない。
‐[1952-] トルコ出身の2006年度ノーベル文学賞受賞作家 オルハン・パムク1998年著『わたしの名は紅』和久井路子訳より‐
みなさんは、オルハン・パムクという作家をご存知だろうか?
いや・・おそらく知らないだろうな。ノーベル賞作家だとはいっても、だれも大江健三郎なんか読んだことがないのと同等かそれ以上だからだ。
トルコ東部をマグニチュード7.2の大地震が襲った。
今年は日本の東北大震災をはじめ、世界中を災害が襲っている。
トルコという国を僕も知らないし、大方の人が知らない。知らないことほど怖いことはない。
イスラム国家ということで、周辺のテロ国家群と同一視されがちだ。
しかしながらトルコこそが・・近代世界を形作る大きなきっかけになったことは知っていなければならないと思うぞ。
トルコは、400年前「オスマン・トルコ(オスマン帝国)」と呼ばれた頃、世界一の大帝国だった。
そして文明国であり、首都イスタンブルはヨーロッパとアジアを結ぶハイテク都市だった。
ちなみに某宇宙戦艦モノで有名になった「イスカンダル」ってのはこの「イスタンブル」と語源が同じなんだ。
バイカー修ちゃんにとって、このオルハン・パムクの『わたしの名は紅』がたいへんおもしろかった。
時代は1591年のイスタンブル・・主人公の名は宮廷細密画の画師カラ。
大帝国は陰りをみせ、いまやキリスト教のヨーロッパから侵食されようという時期。
このあたりが、スケールこそ違え現代日本を連想させる。小説だから、宮廷内で謎の殺人事件が起こる。
その原因にさりげなく、伝統のイスラム文化と技術的に優れたキリスト教文化の葛藤があったりしてすごく知的興奮がある。
僕はこれを読んではじめて知ったんだけど、この時代までのイスラム絵画ってのは遠近法がないんだね。
「遠近法」もないし、絵に陰影をつけて写実的に描くってのはキリスト教文化の画法なんだね。
これがイスラム教とキリスト教の文化の争いにまで発展していく。
ちなみにこの頃は日本の絵画の技法にも「遠近法」は使われていないよな。
当時の日本の画師たちは、「遠近法」を知ってはいたけど、美術的哲学であの「雲形」で覆い隠して、遠くのものも近くのものも同じ縮尺で描くという、世界にあまり例の無い「相対性理論」を地で行く手法をあみだした。
ゆえに西欧画をみてもあまり争いは起こっていない。
でもトルコでは起こったんだ。相容れないイスラム文化とキリスト文化。
同じユダヤ教を元祖としながら、ムハンマドの教えとイエスの教えは水と油となり、宗教的哲学的相違は、当然のことながら芸術にも・・・そして近代科学の主役すらとって替わることとなった。
この時代まで世界最先端だったオスマントルコから、悪魔の近代科学でヨーロッパが台頭する・・時代だね。その予兆がこの時代のレバントの海戦で、オスマントルコ軍は、スペイン軍に大敗北する。
ここから300年ものオスマントルコ(イスラム)とヨーロッパとの血みどろの争いが続き、20世紀の第一次世界大戦でオスマントルコは滅びてアメリカを含むキリスト教全盛の時代がくるんだな。
イスラム教とキリスト教の争いは、今にはじまったことじゃない。
古くは十字軍から、近代まで延々と続いているんだ。
しかし・・・それにしちゃこんな大事なことを学校で教えないのはなぜなんだ?
この『わたしの名は紅』っていう小説は、はじめてトルコ人が書いたトルコ人から観た歴史を背景にした小説だと思う。
近代トルコにはケマル・アタチュルクって偉大は建国の父がいるけれど、彼はキリスト教側から評価される人だよな。
たいへん興味深く小説としてもおもしろいこの物語、読んでみてはいかがでしょう?
今度のトルコ大地震についての考えが変わることまちがいなしだと思うぞ。



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