愛は死よりも、死の恐怖よりも強い。
愛・・ただこれによってのみ人生は与えられ、進歩を続けるのだ。
-[1818-83] ロシアの小説家 イワン・セルゲイヴィッチ・ツルゲーネフ「散文詩」より-
今日は、8月9日。長崎にとって永遠に忘れることのできない日だ。
プルトニウム型原子爆弾の投下・・・。
スペインの古都ゲルニカを・・フランコを支援するナチスドイツが無差別爆撃したのが1937年。
そのときアメリカは、フランコやナチスドイツを激しく非難したことを忘れてはならない。
それからたった8年後に、そのアメリカはたった一発でゲルニカ爆撃の100倍以上も強力で放射能をまき散らすおぞましい原始爆弾「Fat Man:でぶっちょ」をヒロシマとナガサキに投下した。
ナチスとどこが違うんだ?
アメリカだってハワイ王朝を武力を背景に侵略したじゃないか。
国ってのは勝手なもんだ。
頭のいい連中が集まって、ろくでもないことを考えるアメリカ。
頭のいい連中が集まって、なにも考えない日本。
生物ひとつ創ることもできないくせに、破壊する方法だけは考えつく。
これが人間のやることなら、この生き物は基本設計がどっか間違っている。
「平和」のために軍事力を持つって発想も悲しいが、「平和」と叫んでいれば平和だって発想も呆れる。
人間の基本設計が間違っているんなら、相手の善意に依存する「平和」などありえないだろうな。
ツルゲーネフの説く「愛の力」を信じたい。
いや信じる救済の道はそこにしかないんだろうな。
万にひとつの可能性もなくとも、膨張する人口を世界が支えきれなくなっている現実があっても、戦争だけは避けたいと思うのが人情だろう。
戦争を決断するのは、いつも「戦わずにすむ階級」の人間だからな。



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