「自由」だと?
自由であるとは、自由であるべく呪われていることなのだ!
‐[1904-89] スペインの画家 サルバドール・ドメネク・フェリーペ・ハシント・ダリの言葉‐
バイカー修ちゃんが愛する画家、サルバドール・ダリ。
バイカー修ちゃんはシュルレアリズムが好きだ。ゆえにダリやピカソ、ブラックなんかが好きだ。
とくにダリは、その作品がだれにも似ていないし細密でどこかの惑星の世界を思わせる。
ダリに関しては、以前2006年3月1日のコラムで述べたので読んでみて。
http://www.q-bic.net/biker_blog/2006/03/post-34.html#more
昨今、ツイッターをはじめてみてそのおもしろさに目覚めつつある。
しかし思ったことは、「自由に使ってる」やつと、「脅迫観念でつかっている」やつがいるみたいだな。
そんな後者の方々に今日のダリの言葉をレクイエムとして贈ろう・・・。
ダリこそは「自由」たらんとして、涙ぐましい自由を演じた偉大なアーチストだ。
ダリだけ見てるとひんむいた目とカイゼル髭の変わったおじさんだけど、愛人アマンダの証言なんかでは、繊細な知識人としてのダリも見えてくる。
おそらく世界一、「自由にふるまう」ことにこだわり戦った人だろう。
「ツイッター」は、自由な発信ツールだけれど、その自由さゆえに自由に縛られて、不自由を浮き彫りにするツールみたいな気がする。
大方の人は、この「ツイッター」を見るがわにまわってしまい、有名人と一体感を味わい、有名人の「自由」にしばられて、イデオロギー的な「仮の自由」で満足するんだろうな。
おもしろい。じつにおもしろい!
ダリが生きてたら、このツールで爆発的な「自由」を表現するだろうな。
おーとっと!「ツイッター」が呼んでいる・・・。



arakansinさん、いらっしゃい!
セザンヌですか!
arakansinさん、スナックでもてるでしょう?
「完全なる自由」かあ~。でもそれが実現したら怖くて生活できなくなっちゃうと思うな。
僕らはやっぱ凡人ですよ。
奥さんのお尻にしかれて不自由なくらいがちょうどいいのかも!
そう思うでしょう?
修さん、こんばんは。
ダリですか~..凄い人が好きですね。
修さんの様に深くは知らないけど、嫌いじゃ有りません。
ピカソなら青の時代が好きです。
大好きなのは、やはりゴッホかな~。セザンヌもいい。
修さんより、マダマダ色気があるでしょう!?(笑い)
憧れは「完全なる自由」だけど、そんな事「生死」と一緒で反語ですね。
強迫観念(本には気付いてないでしょうけど)は呪縛みたいな物で
パラサイトされてしまってるのですかね~。
「自由」か~!!
妻や子供達が居なければ...と思うこと結構有ります。
「今、パッと出家して見たい」...無理だよな~。
やはり自分には出来ません。凡人ですからね(笑い)。
それは「幸せ」とは違う次元の話です物。
捨てきれた人が芸術家には沢山居ますよね。