ギャンブラーといっても負けた被害を最小限にしたいと考え、臆病になりがちです。
しかし、少しでも「負け」を想定した時点で確実に負けてしまうんです。
‐[1947-] 東京出身の宗教人類学者・ギャンブラー 植島啓司の発言‐
植島啓司先生は、宗教人類学者でギャンブラーという変わった人だ。
ゆえにこの「負けを想定した時点で確実に負ける」というテーゼには説得力がある。
そもそも日本人には、「勝つ!」ということを目的にしてるのかアヤしい面があると思う。
オリンピックでも会社でも、「結果よりも、プロセスを重視したいと思います!」とか、
「ここまで来れたことで満足しています」ってのは、勝てないような気がする。
そこに「逃げ」が入っているからだ。
この前の太平洋戦争だって、本当に勝つことを目的としているのか?ってはなはだ疑問に感じるような戦いっぷりだし、兵器の開発プロセスなんかみても、日本の敵はアメリカじゃなくて、陸軍の仮想敵は海軍だし、海軍の敵は陸軍だ。
貧乏国の分際で、陸軍と海軍で同じような飛行機をつくり、同じような銃器をつくり、タマの互換性さえないっていう世界に例のない非効率的な軍隊だ。
それから65年もたっているけど、カイゼンされたんでしょうかねえ?
僕も変わった人ってよく言われるけど、この国じゃ適当にやれば「普通の人」って言われ、マジメにやれば「変わった人」って言われるような気がする。
だって今日の植島先生だって、学問も一所懸命にやって評価されている。
ましてや趣味のギャンブルも一所懸命にやるので、こりゃもうプロのギャンブラーだ。
こりゃ「変わった人」ではなくて「マジメな人」だろう?
ただ、学者とギャンブラーって組み合わせが「変わっている」と言えば言える。
しかし、海外にはこんな人がけっこういて、数学者で大道芸人のピーター・フランクルなんかも同類の人かもしれない。
http://www.q-bic.net/biker_blog/2008/11/post-681.html#more
つまり、常識人ってのはこれくらい「テキトーな人」であって、エネルギッシュに打ち込む人間は、だいたい仕事も趣味もむちゃくちゃ深い人が多い。
バイカー修ちゃんの周りの人には、もうあきれるくらいおたっキーで、趣味というよりマニアチックな人がたくさんいるぞ。
だから、「趣味がない」っていう人の気がしれない。
バイカー修ちゃんのバイクも・・まあ、コレが30年も40年も前のバイクだっていうと例外なくおどろくね。
そりゃあエネルギーをかけてる。おカネも多少はかかってるケド。
趣味の世界は「自分の世界」なので、誰にも負ける気がしない。
自分が楽しければいいという、超自己チューの世界なので、他のヤツと勝負するなんて打算もない。
気がつけば「唯我独尊」ってやつだね。
仕事もまた、おんなじ感覚でやってるので負ける気がしない。
売上で負けてたって「勝負どころが違っているのさ」ってここも「唯我独尊」
深く深~く、掘り下げるクセは、バイクをなめるように愛でる、一種異常なる愛情のなせるワザかもしれないと思うぞ。
バイカー修ちゃんは会話の中でよく趣味を聞く。
このときに「趣味ってあまりないんですよ~」って答える人は「熱中できない人なんだ」って思ってしまう。
これからの時代、強烈に熱中できる趣味を持った人間が強い。
だって例外なく、「強烈な集中力」を持っているからだ。
日ごろはね、だらだらゴロゴロでいいんですヨ。
ここいちばんでエネルギーを爆発させられればね。
そんな人がこの植島先生みたいな、多面的人間になれるんだろうな。


コメントする