女性のうぬぼれを満足させてやるのが男性の最高の歓びであるのに対し、女性の最高の喜びは男性のうぬぼれを傷つけることにある。
‐[1856-1950] 英国の劇作家 ジョージ・バーナード・ショー「非社交的社会主義者」より‐
名言といえばどんなサイトにも必ず登場するが、だれもそれを読んだ人がいないという人の代表がこのジョージ・バーナード・ショーだろうな。
バイカー修ちゃんもけっこう紹介してるけど、バーナード・ショーはまだまだ紹介したことのない名言が山ほどあるんだ。
そのどれもが簡潔ですばらしい名言なんだねえ。
英国人のウィットとジョークがこれほど効いてる作家もまれだ。
なんせ皆さんもよく知ってるオードリー・ヘプバーン主演の傑作「マイ・フェア・レディ」の原作者なんだ。あれはおもしろい映画だ。
「非社交的社会主義者」ってのはこのバーナード・ショー自身のことなんだね。
このバイカー修ちゃんのコラムで「女性」について書くことはあまりない。
なんせ女性の読者が多いのと、その読者の一人がバイカー修ちゃんのオクサマだからだ。
しかし、このショーの洞察はするどすぎて大きくうなづく男性は世に多いはずだと思うぞ。
昨今、元気のない日本で女性はやたら元気があるように・・見える。
それと反比例して男性は元気がない・・・これは確実だ。
男性が元気いっぱいなのは発展途上でちゃんちゃんバラバラやる時代に限られているような気がする。
戦国時代や、戦争にあけくれてる時代のようにね。
そりゃあぶない時代は腕力と狡猾さがモノをいう。そんな時代は弱い男は生きていけない。
今は腕力のかわりに「魅力」が武器となったような気がする。
「魅力」って言われたら・・・残念ながら男性は女性に歯が立たない。
先週、長崎空港ビルディングにて、空港ビル社長 河端 理(おさむ)氏、中国総領事 藤安軍氏(なんと長崎市には中国総領事館があるのだ!日本で第一号なんだよ。知ってましたか?)そしてコーディネーターとして新長崎学研究会 稲富裕和氏のパネルディスカッションが開催された。
中国と長崎の友好をいかに考えるかっていう趣旨で、バイカー修ちゃんも新長崎学研究会員なので主催側ってわけだ。
バイカー修ちゃんは不真面目なので、おもしろいことを考えてたんだ。
この段上のパネリストはみな知的でエネルギッシュで「魅力的」な男性たちだ。
でもこんなに「魅力的」な男性っていうのは少ないように思うんだな。
ところがね、「長崎空港ビルディング」には、「魅力的」な女性がいっぱいいるんだね!!
スッチーさんも歩いてる。空港ビルで働いている女性はいきいきとして綺麗なんだよね。
なんか自信に満ちているような感じかなあ。
でも大方の男性社員にはそれをあまり感じないんだよなあ。
これは空港ビルさんだけの問題じゃないよ。誤解しないでね。
低成長の社会は女性が強くなるそうだ。江戸時代だって、なんか男社会に感じるけど実際はそうじゃなかったらしい。
「三行半(みくだりはん)」っていう離縁状は、男性より女性が出したほうが多かったって説もあるんだよ。
武家も町人も農家も女性が実権をにぎっていたってことだね。
表向きは男性社会、でも微妙な力関係があったらしい。
今もそうなんじゃないかな?
食事も女性、ファッションも女性、クルマも女性、なんでも女性が主役だもん。
つまり低成長時代は「付加価値」が重視される。
「美しい」「綺麗」っていうのは人類にとってこれ以上ない付加価値だ。
女性の美しさパワーの破壊的威力は、なにも男性にだけ効くんじゃない。
それは同性の女性にとっても破壊的な力を持つと思うぞ。
女性は、女性という同属と死に物狂いのバトルを演じているんだろう。
男なんかどうだっていいんだ、たぶん。
こうなると男はヨワい。付加価値ってのも「生活力」やら「たくましさ」など、男にとって困難なことばかり要求される。
正直、女性であれば「女性である」という理由だけで「付加価値」があると思うぞ。
男性は「男性である」という理由だけで付加価値は・・・ほとんどない。
男がヨワくなるはずだよ。
そして女性の顔色をうかがって男性は生きることになる。
だって主導権はじっさい女性にある。
女性のほうが付加価値が高いから、男性が女性化するんだろうな。
今後かなり長いこと「女性の時代」が続きそうな予感がする。
これも時代の流れだろう。



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