普通の人が真実を黙していても、それは戦略かもしれない。
だが、作家が黙していればそれは嘘吐きである。
‐[1901-86] チェコの詩人 1984年度ノーベル文学賞受賞者 ヤロスラフ・サイフェルトの言葉‐
いま9月スイス、チェコ、オーストリア旅行に行ったときに同行の児玉さんから送ってもらった春江一也著「プラハの春」という長編小説を読んでいることは先般書いたとおり。
http://www.q-bic.net/biker_blog/2009/10/post-2098.html#more
この「プラハの春」も中盤を向かえ、ソ連帝国に組み込まれた重く暗い共産主義時代から、本来のチェコスロバキア(当時の国名)の自由闊達な民主主義運動が開花し、「人間の顔をした社会主義」というアレクサンデル・ドゥプチェク指導者のこの改革をソ連軍の戦車が踏みにじる直前まできた。
ああ、なんておもしろい小説だろう。主人公の外務省二等書記官堀江亮介の恋人、東ドイツ人のカテリーナ・グレーべが、「プラハの春」の改革を公共ラジオで語っている。
人間として根源的な自由を欲するための行動がチェコスロバキアを、この二人の異国人の恋人同士を悲劇に導いていく。
チェコの偉大な作曲家スメタナの交響曲「我が祖国」の調べにのせて・・・。
改革はこの直後二十世紀の悪魔、社会主義という名をかりたファシズム国家ソ連赤軍の戦車によって崩壊してしまう。
暴力を容認し暴力で革命を成功させた共産党は、改革すら暴力でつぶしてしまう。
チェコがそしてスロバキアが自由を口にできる「ビロード革命」はこの後20年も待たなきゃいけない。
日本人でよかったな・・・。こんな自由な国が世界にいくつあるんだろう?
チェコの作家たちも共産党の圧力で閉ざした口を開き、ソ連を社会主義の醜さを声にする。
弾圧!処刑!このあまりにひどい共産党にナチスを非難する資格はない。
ナチスの再来だ。サイフェルトはこの苦悩の歴史を声にしたんだよね。
サイフェルトはノーベル賞の授賞式に行けなかった・・。
そんな体制なんだ。共産党の国家なんて。
東ドイツの独裁者ウルブリヒトやポーランドのゴムルカ(ゴムウカとも)自国に飛び火することを恐れチェコスロバキアの自由化運動「プラハの春」を徹底的に排斥する。
「人が自由でありたい」と思うことすら許されない社会・・・これが現実にあるんだね。
となりの国ではこれがまだ続いている。悲劇は世界では「あたりまえ」なんだ。
こんな自覚がありますか?
ベドルジハ・スメタナの交響曲「我が祖国」をクルマで聞いています。
第二楽章の「モルダウ」いや・・ここはドイツ語のモルダウ河ではなく、チェコ語の「ブルダバ」と呼びたい・・。
この有名な調べを聞くと涙がでてくる。
9月にプラハ城からブルダバ河にかかるカレル橋まで夕焼けの中を歩いた。
カレル橋の中間に日本にもなじみの深い宣教師フランチェスコ・ザビエルの像がある。ここから雄大なブルダバ河の眺めと大統領府でもあるプラハ城が見える。
世界一美しい都市といっても過言じゃないだろうな・・いやバイカー修ちゃんが見てきた都市では文句なく最高に美しい都市だ。
これにくらべりゃ東京ってのはただただ大きく騒々しく高くて意味も無く夜光っているにすぎない。
まったく美しくない。
こんな美しい中世の都プラハがベルリンやパリ、ロンドンのように戦災を受けていないなんて奇跡だな。
カレル橋から観るブルダバ河・・・僕の頭にはスメタナの交響曲「ブルダバ」が流れてきた。
名前は知らなくってもこの旋律を聴くと大方の人は聞いたことがある悲しげなスラブ的な曲だ。
さだまさしさんが日本語の歌詞をつけて歌ったこともある。・・あんまり聞きたくないけど。
児玉さんありがとう。
こんな悲しい人の歴史がこのカレル橋に、そしてチェコやスロバキアの人たちにおきたことをよく知らないままにチェコを訪れてしまいました。
またプラハに行きたい。はじめてここまで想いをつのらせた国です。
チェコ・・スメタナが想いをこめた「我が祖国」・・まったく違って耳に響きます。
さあ、小説「プラハの春」もクライマックスです。
読んだ所感はまた、バイカー修ちゃんがみなさんに発信しますね!



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