感覚はものごとが「ある」ことを教えてくれる。
思考はそれが「何」であるかを教えてくれ、
感情はそれにどのような「価値」があるのかを教えてくれるのである。
‐[1875-1961] スイスの分析心理学の創始者 カール・グスタフ・ユング「分析心理学」より‐
なぜユングか?ユングはスイス人だ。
バイカー修ちゃんは明日からスイスへ出張だ。
スイスは息子が高校へ通っている。その学校を見学してくるのが第一の目的。
そして昨年の南欧ポルトガルに続き今回は中欧スイス、チェコ、オーストリアへ行ってみようと思う。
まあ、美しい国であることは理解している。
しかし、理解することと自分の目で見ることはぜんぜん違う。
本で見たってそれは「何」であるか理解しているだけだ。
自分の足で行き、自分の目で観て、自分の耳で聞き、すったもんだして自分の口でしゃべる。
これでようやく、その「価値」がわかろうというもんだ。
いつも思うんだ。東京の街は、大きくてハイテクでおもしろいけど・・美しくない。
ごてごてごちゃごちゃ細部はきれいだけど、集合体としてみると「合成の誤謬(ごびゅう)」ってカンジ。
日本の大きな街は、京都以外はみんな「できそこないの東京」みたいで美しくない。
よっぽど姫路や仙台や倉敷の古きよき日本の街のほうが美しい。
同じ歴史のない大都市でもニューヨークやサンフランシスコの方が美しいのはなんでだろう?
ヨーロッパの街は逆だな。細部は古くてきたなくて、暗い。
でも全体としてみると美しい。
日本の近代都市は、その街づくりに「感情」が足りないんじゃないかな?
外国の都市を見て、感覚と思考のみでつくってるんじゃないかな。
それは上海なんかにも感じるな。
「上海」はやっぱあの路地裏のヤバさでしょ。
あの表舞台の街はなに?スターウォーズのCGみたいですな。
あれに「中国」の文化をぜんぜんカンジない。
共産党の方々が、感覚と思考のみでつくってるんじゃないかな。
さて、狭い土地で長年ごたごたやってるヨーロッパはいかがなものかな?
おそらくスイスの国民の常識は日本国民とは対極的なものだろう。
ともに中立国を標榜しながらその実態は?
さーていまから楽しみだなっと!
ブログで報告しますからお楽しみにね!



P4Uサマいらっしゃい!
日本や中国の近代都市にが「感情」にうといのは、それが自分の身からでた文化じゃないからでしょうね。
僕らもそうだけど、借りてきた礼服を着て式典にでるようなもんだ。
服にもバッグにも着こなしがいるように、都市にも着こなしがいるんでしょうね。
いまそこに日本人も気付いてきたんじゃないかな。
これはモノづくりのように、見てきたモノをマネるわけにはいかないんだよねえ。
修サマ
「日本の近代都市は、その街づくりに「感情」が足りないんじゃないかな?」
今読んでいる、「美しき日本の残像」という本にも同じような事が書かれていました。中国のそれに関しても同様でした。
気をつけて!