伏見で居た時分夏の事で暑いから一晩龍馬と二人でぶらぶら涼みがてら散歩へ出かけまして、段々夜も更けたから話もつきて帰って来る途中56人の新撰組と出会いました。
夜だからまさか坂本とは知らぬのでせうが、浪人と見れば何でも彼でも叩き斬ると云う奴らですから、故意私らに突き当たって喧嘩をしかけたのです。
すると龍馬はぷいと何処へ行ったか分からなくなったので、私は困ったがここぞ臍の据え時と思って、平気な風をして、あたら大きな声で「何ですねえ」と懐手で澄まして居ると浪人は「何処へ逃げたか」などと、ブツブツ怒りながら私には何もせず行き過ぎてしまいました。
私はほっと安心し、34丁行きますと、町の角で龍馬が立ち止まって待っていてくれましたかね、あなた私を置き去りにして「あんまり水臭いぢゃありませんか」と云うと、「いんにゃそういう訳ぢゃないがきゃつらに引っかかるとどうせ刀を抜かねば済まぬからそれが面倒で隠れたのだ。お前もこれ位の事はふだんから心得ているだろう」と云いました。
‐[1841-1906] 坂本龍馬の妻 おりょう(坂本龍子)の回想明治32年11月(1899年)「土陽新聞記載(千里駒後日譚)」より‐
8月1日は、九州教具の第61期のスタートだ。その日に「第61期方針発表会」を開催した。
これは、全社員が壇上に上がり、目標や個人の人生目標、毎日やることなんかをみんなの前で宣言するんだ。なんと・・・5時間もやるんだよ!
その後の懇親会も大盛り上がり大会でした。
なんせソリューション事業部とホテル事業部の交流ってのは年間あまりないので、いやでも盛り上がります。
厳しい船出の期になりそうだけど、こんなときの方がやりがいがあるってもんだ。
暑い夏・・・と言いたいところだけど、長崎は今だ梅雨明け宣言もなく、例年より1ヶ月も遅れている。
なんせもう赤とんぼがとんでいるんだよ!
今年は、梅雨明けと同時に秋になりそうだなあ。海水浴は10分の1に激減!南国長崎にとっては痛手でしょうな。
こりゃ8月29日の福山雅治クンの稲佐山コンサートに田上市長も期待してるだろうなあ。
福山くんと言えば、失速状態のNHK大河ドラマ「天地人」の後の「龍馬伝」の主役だ。
どうみても妻夫木クンじゃ戦国武将にはぜんぜん見えないって声も聞く。
地元長崎じゃもう福山龍馬に盛り上がってます。
龍馬っていえば恋人「おりょう」、お龍とも書くね。ドラマでは真木よう子さんが決定しているようです。
このおりょうの人となりってのを知ってほしくて今日の言葉で紹介してみました。
これはおりょうが生前、明治32年(1899年)に新聞に掲載された龍馬とのエピソードの肉声です。
こういういわば現代的な感覚のカップルだったんですね。
福山龍馬と真木おりょうを想像して、頭の中でドラマ化してみてください。
こっから先はバイカー修ちゃんの勝手な想像なので聞き流してね!
僕は、「坂本龍馬」ってのは、かなり作られた英雄だと思ってる。
そのキッカケは司馬遼太郎さんの「竜馬がゆく」だね。
あの小説で司馬さん自身が「これは創作だ。竜馬は龍馬ではない」って言っているのに龍馬に関してはあのイメージが坂本龍馬になっている。
ま、ヒーローなんてみんなそんなもんだろうな。
必要とされて、イメージが増幅しちゃうんだね。それもまたよし・・とすべきだろう。
長崎といえば龍馬と同郷土佐出身の友人、天下の三菱財閥創始者、岩崎弥太郎の三菱重工がある。戦艦「武蔵」も長崎で建造されたんだ。
ドラマでは香川照之が演じ、彼の目で見た龍馬が描かれるらしい。
でもこの岩崎弥太郎なる人物のダークな噂も無視できないだろう。
なんせ坂本龍馬がやろうとしてたことをこの人がやっちゃんだから。
龍馬は「伝説の人」だけど、岩崎は「実在の実業家」だ。ともに土佐の身分の低い郷士の出だ。
雨が降っても高下駄が履けない。暑い日にも日傘がさせない・・って具合に土佐の身分制度は郷士に厳しく、長曾我部家時代からの武士は「郷士」、あとからやってきた山内一豊を藩祖とする一派は「上士」として身分差が確立されていた。
そんな彼らが日本を変える。龍馬がいなくなっていちばんトクしたのは岩崎・・って勘ぐられても仕方ないかも・・・。
しかし、おりょうの描き方が「龍馬伝」のキモだろうな・・、真木さんみたいなスイカップ女優で大丈夫なんでしょうか・・・。
ホンモノのおりょうさんも写真が残ってて、きれいな人だけど華奢な人なんだよね・・・。



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