自然は私たちによい足を授けてくれる。
私たちはみんな幸せに歩き、上手に品よく美しく靴をはくことができる。
「エレガンス(elegance)」は快適さとは相反するものではないのだ。
-[1898-1960] イタリア フィレンツェの靴職人 サルヴァトーレ・フェラガモ「夢の靴職人」より-
このフェラガモの自伝「夢の靴職人」はとても影響を受けました。
「靴」というものに、これほどフェティッシュな愛情をそそげるのかと!
またこの人は、町職人から昇華して、靴を通じ足そのものに人間性を見た。
今じゃフェラガモを靴職人なんていう人はいない。
それはデザイナーであり、一大ファッション・ブランドだ。
なにが影響を受けたかって?「ものの見方」だね。審美眼といってもいい。
バイカー修ちゃんは今回、過分なる受賞をした。「全国企業品質賞:最優秀賞」って賞だ。
バイカー修ちゃんは父がバンドマンだった関係で、まわりにはすごく感性の高い人たち(・・・ま、はっきり言ってヘンな人なんだけど・・)が多かった。
彼らの特徴は「社会性に欠けてる」ってことだったな。
まあ、「男はつらいよ」の寅さんみたいな感性の人だと思ってくれればいい。
それと女性は美しい人が多かった・・余談だけど。
しかし、時代は高度成長の真っ只中で、彼らは社会の影の部分で生きていた。
バイカー修ちゃんもそんな影の世界、ダークな世界で多感な時期をすごしたんだ。
そんな環境はビジネスマンの温床としては、最悪だったかもしれない。
でもおかげで、「何をやるにも人間関係が大事」ってことだけは身体にしみついたんだ。
これはね、ただベタベタと烏合の衆の仲良し軍団って意味じゃないよ。
距離をとりつつ、孤独の範疇は逸脱せず、侵さず侵されずっていう関係を保つんだ。
難しいかな?
大方の頭の切れるビジネスマンは、靴を価格とブランドでしか見ない。
でもね、フェラガモは靴をみて、足を見て、人生を見ている。
この感性・・芸術的感性、人間的いつくしみの心、これが求められると思うんだ。
だから、カネと効率性しか考えない・・、いやこういう見方しかできないあわれなビジネスマンには、足のゆがんだ人が多いんだよ。こりゃ本当だ。
時代から求められるものが変わったんだ。
これは・・・おそらくまちがいない。



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