一粒の砂に 一つの世界を見 一輪の野の花に 一つの天国を見 掌(てのひら)に無限を乗せ 一時(ひととき)のうちに永遠を感じる。
-[1757-1827] 英国の詩人・画家 ウィリアム・ブレイク「Heaven in a wild Flower」より-
なんて美しい詩なんだろう。
「一輪の野の花に一つの天国を見」この詩の原文も紹介しよう。
"To see a world in a grain of sand. And a heaven in a wild flower, Hoid infinity in the palm of your hand. And eternity in an hour."
こういう詩に心うたれませんか?
ウィリアム・ブレイクに関しては、その神秘性や作風の予言性から神秘主義がどうだこうだらって解説文にことかかない。
こういう風に「頭で読んで」作風を語ってなんの意味があるのだろう?
ここはストレートに感じていただきたいね。
今朝、例によって近くの山にジョギングをした。
美しく花や緑は咲きほこり、鳥はさえずり、虫たちは舞い、道行くご夫婦の散歩人は僕に話しかけ、30分も立ち話をした。僕が「楽しそうにダンベル持って走っている」ことが不思議に感じたんだそうな。
この何気ない一時に僕は永遠を感じたんだ。本当なんだ。
とても言葉で言えない幸福感を感じた。このご夫婦と別れて山をくだりながら、頭にはブレイクの詩が浮かんでいた。
高校生のころ、このブレイクの詩を詩集で見つけて、書きとめておいた。
僕も「幻視・幻覚」を子どものころよく見たものだ。
今でもふと暗い宇宙を漂う感覚におちいることがよくある。でもそれは、ふらふらとさまようのではなく、意志をもって漂っているんだ。
花を見ると、その小さな花びらの鮮やかな色の中に流れる水の存在を感じ、目を閉じると、その水を逆流して根の先から土の中にも帰ることができる。
太陽の光をあびると、その光が太陽の中で誕生して、1万年ほどかかって宇宙に飛び出し、8分ほどで僕の身体をつらぬくさまを感じる。
しかしこの美しい楽園の主は、宇宙に二つとない素晴らしい世界から目をそらし、くだらない紙切れを朝から晩まで食(は)んでいる、バカなロバやヤギであふれている。
たぶんブレイクの目から見た万物の霊長はそう見えていたに違いない。



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