司馬遼太郎

まことに小さな国が、開花期をむかえようとしている。
-[1923-1996] 大阪府出身の小説家・評論家 司馬遼太郎「坂の上の雲」(一)冒頭より-

週末の土日は、所用で大阪出張だった。
このブログによく来てくれる、くまさんもタクシーママもスギヤマさんもmasuさんもみんなこの大不況を憂いてる。
みなさんもそうでしょう?われわれの小さな力じゃいかんともしがたい大きな時代の潮流の中で翻弄(ほんろう)されてる・・・それが正直な感想だ。
この先、世界が縮小していけば、争いも起きるだろうし、やっていけなくなる国だってでてくる。
いや、すでにアイスランドみたいに事実上「破綻」している国もある。
12月17日のT・S・エリオットでも書いたけど、これは単に「金融恐慌」ではなく、ひとつの時代の終わりであり、はじまりなんだろう。
80年前のアメリカの金融恐慌のときも、中世ヨーロッパの価値観の代表であるナチズムを破るというかたちで、アメリカ的民主主義という価値観がとってかわった。
この大きなパラダイムの変化があった。戦争という大きな代償をはらってね・・。
その時代の節目をどう生きればいいのか・・旅のバッグから取り出した本はこれでした。
「坂の上の雲」第一巻。
もう何度読んだだろう。でも今回の秋山信三郎好古(よしふる)は心に染み入った。
伊予の国(愛媛県)松山のお徒士(かち)の子。
お徒士ってのは足軽の上の貧乏武士だ。まだ、後の日露戦争で世界最強のロシア軍コサック騎兵を打ち破った武人としての秋山好古はでてこない。
あくまで田舎モンのお人よしの「信さん」だ。
これだ・・これなんですよ。
悩んだときは原点にかえれってね。
信さんにはまだ、大きな夢がない。大義もない。
カネがないから、貧乏だから、「タダでいける学校しかないきに」と言って士官学校に行った秋山好古。
「いま」「ここ」でやれることを一所懸命にやった秋山好古。
「いま」「ここ」でやれることにうちこめば、何かがかわる。それにあらためて気付いたよ。
日本が大国だ?アホぬかせ。そんなこと言ってるやつはだれだ?
「まことに小さな国が、開花期をむかえようとしている」だけじゃないか。
われわれはまだ幸せだ。そう思えた。
これだけでも心に光がさした。

月別 アーカイブ