日本人は、いつも思想はそとからくるものだとおもっている。
-[1923-1996] 小説家・評論家 司馬遼太郎「この国のかたち」冒頭より-
バイカー修ちゃんも例によって、歴史にハマるきっかけになったのは司馬さんの「竜馬がゆく」だった。
中学校まで歴史大嫌いだったのに、この「竜馬がゆく」にハマり、「坂の上の雲」にハマり、「新選組血風録」、「梟(ふくろう)の城」もう立て続けですね。
よく司馬さんの歴史観を批判する人もいるけど、所詮歴史に「真実」なんてないし、「英雄」や「悪人」なんていないのだ。
竜馬だって司馬さんがつくりあげた人物像とはたぶんほど遠い人物だろうな。そんなことはわかってるよ。でもね、歴史を人の歩んだ物語ってとらえることで興味を持つことはいいことだ。
歴史に興味を持てば、今、自分が生きている「今」こそが歴史であると認識する。歴史は思想なんだ。
だから今日の一言「いつも思想はそとからくるもの」は、ほとんどどの小説でもエッセイでも司馬さんは述べているし、彼の思想の根幹になっている。
これは僕でも日常でも感じることができる。
日本語には「主語」がない。とくに口語には主語をとばして語るクセがついている。
「私は」のない言葉。おまけに動詞が最後にくるから、いつのまにか動詞もない言葉になってしまっている人をよく見かける。
これがクセになっている人は「自分で考えない」人が確かに多いと思うぞ。
昔からたぶんそうなんだろう。少なくとも共通した思想やイデオロギーがあればまだ、「借り物」でも自分のもののようにはふるまえる。
しかし、今のように共通の思想やイデオロギーが無くなってしまったときは悲惨だ。
せまいサークルや、新興宗教に救いを求める人、いともカンタンにだまされる人、信じるものがみつからず自己崩壊する人、そういう人であふれかえっているようだ。
信ずるべきものは身近にあるというのに。いまや世界にお手本にする思想なんてないように見える。
司馬さんじゃないけど、戦後教育が一度は捨てた日本の文化に光をあててみてもいいんじゃないかなって思うんだ。



お気に入り・リンク