フィレンツェ近郊の村の遺跡を発掘していた作業員が、ボッカチオの女友だちがはいていた靴を何足か掘り出してみると、それはウェッジ・ソールだった。
私の「革命」は、少なくとも600年前にあったのだ。
おそらく、前世で私がこれをデザインし、生まれ変わった現世でそれを思い出したのであろう。
-[1898-1960] イタリア フィレンツェの「夢の靴職人」 サルヴァトーレ・フェラガモの言葉-
バイカー修ちゃんもフェラガモのネクタイくらいは持っている。うちの奥さんはブランド品には興味を示さない人だけど、いいものがわかる審美眼を持った人なんだ。
彼女もフェラガモの靴を持っている。
すごくシンプルなデザインのね。フェラガモの本を読んだのはだいぶ以前だ。すごくおもしろかった。
その中のエピソードなのさ。ボッカチオ、もしくはボッカッチョは14世紀イタリアはフィレンツェの詩人だね。
バイカー修ちゃんだってボッカチオというと
「人は暴飲暴食という呪われた悪徳行為によって、自然の定めた寿命を縮めている。そのためにあまりにも多くの人々が、あまりにも早くこの世と別れを告げている。過食は戦争より多くの人を殺すのだ。」って言葉を即座に思い出せる。
ストイックだね。14世紀にすでに700年後を見越している。このボッカチオの女友だちの靴が掘り出されたそうな。
なぜそれが「ボッカチオの女友だち」と特定できるのかは知らないよ。
それが、あの底がフラットなウェッジ・ソールだった。これはフェラガモが流行らせたスタイルだよね。
でもさ、言ってもいい?平成の日本の女の子は足先からカカトまで細くて甲が薄くてこれが似合う。うちの奥さんも2Eかってくらい足が細くて長い。手足の指も長いんだ。でもさ、昭和の女性の甲高幅広の女性の足にこのウェッジやミュールは絶対似合わないと思います。ちょっとダッセン。
しかし、フェラガモの神格化はご本人のこの神がかった発言に現れているな。
「おそらく、前世で私がこれをデザインし・・」こう言うか?
ふつうは600年前にすでにこれがデザインされていたのか?!って考える・・・のは凡人だ。
フェラガモや岡本太郎はこうは考えない。「オレがデザインしたんだ。前世で」ってなるんだね。
これが天才だ。唯一無二、天井天下唯我独尊だね。
これでいいのだ。ここまでの思い込みが人の心に感動を生む源泉になる。
自分のアイデンティティは自分の心の掘り下げにしかないんだろうな。
ちょっとした文章の、ともすれば読み流す部分に感動をしてしまうバイカー修ちゃんでした。



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