朝礼ネタ・スピーチに名言コラム~バイカー修ちゃん・今日の一言: 2008年5月アーカイブ

2008年5月

余は常に仕事をし、よくよく瞑想(めいそう)する。何かを企てる前には長い間瞑想し、起こるかもしれないことを予見するよう努めている。他の者にとっては思いがけぬ場合にも、突如として密かに余に啓示してくれるのは天才ではなく、熟慮であり、瞑想なのだ。
-[1769-1821] フランスの皇帝 ナポレオン1世(本名:ナポレオーネ・ブオナパルテ)の言葉-

私はアップルの経営をうまくやるために仕事をしているわけではない。

最高のコンピュータを創るために仕事をしているのだ。
-[1955-] アップルコンピュータ創業者 スティーブン・ポール・ジョブスの言葉-

本田宗一郎

俺は、戦時中にピストンリングの工場をやっていたが、その時の工作機械はほとんど自分で造ったんだ。

ガラスやセメントや機械なら人が造っているものだし、俺に造れぬはずがない。

俺はたとえ、ロビンソン・クルーソーの孤島に流されても生き抜いていくつもりだし、瓦の上にまかれても、芽を出し花を咲かせる自信があるぜ。
-[1906-91] 静岡県出身の本田技研創業者 本田宗一郎の言葉-

研ぎ芳は一目みるなり、目をみはって、「こ、これは古備前でございますな」といった。

「初代兼光とお見受けしましたが、おそれながらこれほどのものは諸侯のお蔵にも少のうございます」

「浪人の差し料では分際にすぎるというのか」

「めっそうもない」

「口裏に気をつけるがいい」
-[1923-1996] 司馬遼太郎「奇妙なり八郎」より清河八郎が手にした「備前長船兼光」のエピソード-

「では」と、手にとって、一気に抜いた。

眩むような光芒が、沖田の視野に湧きあがった。

二尺四寸二分。細身で、腰反りが高い。

刃文は一文字丁字とよばれる焼幅の広いもので、しかも乱れが八重桜の花びらを置きならべて露をふくませたようにうつくしい。
-[1923-1996] 司馬遼太郎「菊一文字」より沖田総司が手にした「一文字則宗」のエピソード-

 官兵衛は、この点さびしかった。

 かれはさきに岐阜へ使いし、信長に拝謁したとき、信長にひどく気に入られて、太刀を一口もらった。

 信長が愛用していた太刀で、長谷部国重の作の二尺四寸一分である。「圧切(へしきり)」という名がある。

 ひどく斬れのいい刀で、あるとき信長の下人が不届きなことをした。

 信長の性格の欠点である癇癖(かんしゃく)が、露骨に出た。

 これを手打ちにしようとして追った。

 しかし下人は部屋のすみの膳棚(ぜんだな)の下へもぐりこんで、横になり、出てこなくなった。

 そのままゆるすべきであった。が、信長の気性のすさまじさは、こういう命惜しみの行動を卑怯(ひきょう)とみてさらに立腹するところにあった。

 かれは長谷部国重二尺四寸一分を抜き、膳棚の下に刀をさし入れ、下人の胴に当てた。

 信長は大して力を入れることができない。

 しかしそのまま刀を押しつけてわずかに力を加えただけで、刃は下人の胴に沈みこむようにして沈み、ついに胴を二つに切り放してしまった。

 以後、信長はこの刀を「圧切」と名づけてもっとも愛用していたのである。
-[1923-1996] 司馬遼太郎「播磨灘物語」より織田信長が黒田官兵衛に与えた「長谷部国重」狂気のエピソード-

階級      役職       指揮下にある人員
2等兵     入隊直後の兵士。普通次の兵士が入隊すると自動的に1等兵になる。「新兵」とほぼ同意
1等兵     
上等兵
兵長      旧「伍長勤務上等兵」
       以上を総称して「兵」という。直属部下無し
伍長      分隊長      10~20人
軍曹      同上
曹長      小隊長もあり   50人くらい
       以上を総称して「下士官」という。
准尉      
准将校。これと下士官は、いわばノンキャリア組の到達点。兵隊にとっては一番怖い存在。
見習士官   階級ではないが大学生や兵学校卒は教育を受けてこれになり、すぐ少尉に任官される。
         いわば軍エリートの出発点(少尉候補生とも言うらしい。海軍用語?)
少尉      小隊長      数個分隊(50人くらい)
中尉      同上
大尉      中隊長      4個小隊(200人くらい)
少佐      大隊長      数個中隊+特別中隊(800人くらい)
中佐      同上
大佐      連隊長      数個大隊+特別大隊(2000人くらい)
少将      旅団長      2個連隊+特別大隊(5000人くらい)
中将      師団長      数個連隊+特科連隊(1万人くらい)
大将      軍司令官     数個師団(数万人)
元帥      大将のうち功績抜群のものがなる。常在でないいわば軍の太政大臣。

-「50年目の日本陸軍入門」(文春文庫)より日本陸軍の階級について-

あるSE(システム技術者)が死んだ。聖ペテロが彼に、天国と地獄のどちらに行きたいか聞いた。
SEは答えた。「まずは現場を見てみないと。両方を見せてください」SEは天国に案内された。
無数の人がパソコンに向かってマイクロソフト・オフィスを操作している。
地獄に行ってみた。あれ?まったく同じ光景である。
SEは聖ペテロに聞いた。「どこが違うのですか?」
ペテロは答えた。「最初のはビル・ゲイツの天国、そして今のがユーザーの地獄じゃ」

-マイクロソフトのジョーク-

ヒトラーとゲッベルスが占領後のパリ上空をフィーゼラーFi156「シュトルヒ」偵察機で視察していた。二人はフランス人の抵抗を最小にする方法について討論していた。金をばらまくのはどうだ?
ヒトラーが言った。「このシュトルヒから百マルク札を撒けば、拾った一人は大喜びするぞ」
ゲッベルスが言った。「総統閣下、それより十マルク札を十枚撒けば、十人が喜ぶでしょう」
操縦士がつぶやいた。「この二人をばらまけば、一億人が大喜びするだろう」

-戦後はやったジョーク。ちなみに50年代には「スターリン」と「ベリヤ」に登場人物が代わった-

アラブの諺

真理の矢を投げるのなら、その先端をミツに浸せ。
-アラブの諺-

東郷平八郎

神明(しんめい)は唯平素の鍛錬に力(つと)め、戦はずして既に勝てる者に勝利の栄冠を授くると同時に、一勝に満足して治平(じへい)に安(やすん)ずる者より直ちに之を奪ふ。古人曰く勝て兜の緒を締めよと。
-[1847-1934] 帝国海軍大将・元帥 東郷平八郎 明治38年(1905年)12月21日の連合艦隊解散式の訓示-

五木寛之

大阪の「おかげさんで、まぁぼちぼちでんな」とは、「御蔭参(おかげまいり)」の「おかげ」です。御蔭参は伊勢神宮へ参ることです。ですから「おかげさんで」ということは、天地神仏のおかげ、世間様のおかげで商売はなんとか儲かっております。という大阪の礼儀を表す言葉なのです。
-[1932-] 小説家・作家 五木寛之 2004年8月「致知」より-

菊池寛

「悪妻」は百年の不作であるという、しかし、女性にとって「悪夫」は百年の飢饉である。
-[1888-1948] 香川県出身の小説家・劇作家・文芸春秋社創設者 菊池寛の言葉-

国家に長として財用を努むる者は、必ず小人に自(よ)る。彼はこれを善しと為して、小人をして国家を為(おさ)めしむれば、災害並び至る。善者ありといえども、亦(また)これを如何ともするなし。これは国は利を以て利と為さず、義を以て利を為すと謂(い)うなり。
-中国の古書「大学」の最後の文より-

日本の経営の多くで、目標を達成する方法が欠落していることが多い。
-[1954-] ブラジル出身 ルノー会長・日産自動車CEO カルロス・ゴーン・ビシャラの言葉-

吉田繁治

価値公式[商品価値=(その商品やサービスがもたらす便益・効用・機能・品質)÷価格]です。
-システムズ・リサーチ社チーフコンサルタント 吉田繁治 2004年12月の発言-

文字どおり無になった人は、まさに生まれ変わったように感じる。しかし、以前の自分に生まれ変わるのではなくて、もっと本質的な自分に生まれ変わる。
-[1905-97] ユダヤ系オーストリア人の心理学者 ヴィクトール・エミル・フランクル著「それでも人生にイエスと言う」より-

成功した人間になることより、むしろ価値のある人間となる努力をしなければならない。
-[1879-1955] ドイツの理論物理学者 アルベルト・アインシュタインの言葉-

揺るぎない文明というものは、その富を分配し、労働の重荷を配分する叡智(えいち)の度合いと、その子供らのために教育をほどこす真摯(しんし)さの度合いによって決まるのである。
-[1856-1950] 英国の劇作家 ジョージ・バーナード・ショーの言葉-

向井去来

野辺うらら 花も霞の中ならぬ
-[1651-1704] 肥前長崎出身の俳諧師「西国三十三ヶ国の俳諧奉行」 向井去来 料亭「花月」に残る俳句-

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