塩野七生

ファンファーレ、旗の波、延々と続く行進。

一人の馬鹿は、一人の馬鹿である。

二人の馬鹿は、二人の馬鹿である。

一万人の馬鹿は「歴史的な力」である。


-[1937-] 東京出身のイタリア在住の作家 塩野七生『サイレント・マイノリティ-自由な精神』よりイタリアのジャーナリスト レオ・ロンガネージの日記より‐

塩野七生さんの文章はじつにするどい。

現在日本人の筆で彼女ほど鋭く、本質をつく文章を書く人はいないんじゃないかな。

この文は塩野さんが引用したイタリアのジャーナリスト、レオ・ロンガネージのなんと1938年12月15日の日記の引用だ。

引用を引用してるバイカー修ちゃんもひどいねえ。

で、あるからこの光景はムッソリーニのファシスト党の行進を指している。

しかし今コレを読むと、長野やパリの「赤い旗」の留学生を思いだしちゃうな。

まさしく「一万人の馬鹿は『歴史な力』である」という。留学生たちは大真面目だよ。

自分の国への愛国心を持つのは健全ですよ。それにくらべて、なにがあっても無関心なわが国の学生の方がよっぽど問題だと思うぞ。

しかし、彼らがあれほど声を枯らして叫べば叫ぶほど、彼らの祖国は病んでいるということだろうな。

彼らがいちばん知っている。自分の祖国とは両親みたいなものだ。

どんなダメ親でも親は親だもの。しかしわが国も病んでいる。負けず劣らず重症だ。

しかし、子供たちはみんな無関心。こりゃどっかの家庭みたいだな。

よくいうでしょ。むやみに子供にモノやお金を与えるな。それが子供をダメにする最良の方法だって。

世界は日本ととなりの国を見て双方から学んだだろうな。

確信的バカと天然バカ。バカにも種類があるってことを。

しかし振り子は一回極端に振ったほうが長い目でみりゃいいのさ。

中国だって日本だって長い長い歴史のうちのほんの些細な1ページだ。

ここから学んで次の歴史をになう大きな偉人がでるだろう。

いくら押さえ込んでも覚醒した一万人の馬鹿は「歴史的な力」なんだから、教条主義では押さえきれないよ。

だいいちね今どき「毛沢東語録」なんて読んじゃいないし、信じてもいないんだから。

しかし歴史は動き出した。誰も想像していない結果に向かって・・。

うーん、目が離せないねえ。さあ、5月には長崎大学経済学部での講義がはじまる。

どーしよ、どーしよ!自分の頭がまとまってないのに学生に話なんかできるのか?

そうか!天然バカはボクなんだ!さて気付いたところで・・塩野七生さんでも読もうっと。

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