橘曙覧(たちばなのあけみ)

たのしみは 物識人(ものしりびと)に稀(まれ)にあひて 古(いに)しへ今を語りあふとき
-[1812-68]  幕末の歌人・国学者 橘曙覧(たちばなのあけみ)「独楽吟」の和歌-

人に会う。いろんな人に会う。今月からは長崎大学経済学部での講師のお仕事も始まる。仕事がら、大学の先生にも会えば、会社の社長さん、床屋の同級生、いろんな人に会う。過去の思い出話や、歴史を語ることは本当に楽しいことだよね。それは、過去の話をしながら、思い出をたどりながら、歴史のことを想像しながら、現実に生きている今を語りあっているんじゃないかと思うんだ。歴史に興味を示さない人は多くいる。いや、こういう人のほうが多いと思うぞ。経営者にだって多くいる。こういうタイプの人はどういう「今」を考えているんだろう?それは、「今」を考えるのに「今」の情報しか持ってないってことだ。「今」手に入る情報なんて怪しいもんだと思うぞ。バイカー修ちゃんは思う。こういうタイプの人の問題解決の仕方は「逃避型」だと感じる。「思いつき型」と言ってもいい。現状から逃げる(本人は解決してると思ってる)ために他の耳寄りな情報に飛びつくのだ。歴史は連続してるという感がない。「今は技術革新の時代だから過去の歴史は役に立たない」と信じてる。過去にもそういう英雄はたくさんいた。そして滅びた。そういうタイプの人には共通の特徴がある。「人の話をまったく聴かない」ってことだ。「他人に関心がない」と言ってもいい。自分中心でものを考える。高度成長でモノもなにも不足している時代はこういうタイプの方が社会に合ってるんだよね。でも、これからはこういうタイプの人は大変だろうと思うぞ。・・って僕のことかな?

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