2008年03月31日

ジグムント・フロイト

神々は我々に心優しいのだ。老いてゆくにつれて、生きづらくなるようにしてあるのだからね。結局、さまざまな重荷を背負うよりも死んだほうがましだと思えてくるものなのだ。
-[1856-1939] オーストリアの神経科医 ジグムント・フロイト 1930年顎の癌を患ってからの言葉-

今でもフロイトのぶっとんだ「性的抑圧」で精神分析を説明する方法を100%信じている人がどれくらいいるのかはわからないけど、晩年ガンを患って失意の状況にあったフロイトがこう言ったそうだ。ユダヤ人たる彼が、ナチスのガス室に友人が多数送られた経験もある彼が、自説も批判が多くこちらの方でもつらい日々をおくっていた矢先にガンになってしまった。その気持ちをよくあらわした言葉だね。でも普通は「神はなぜ私をお見捨てになるのですか?」って考えると思うぞ。バイカー修ちゃんはじつはフロイトはそう考えていたんじゃないかって思ってる。でも、ユダヤ人たる彼は葛藤(かっとう)してると思うんだ。ナチスの迫害からは、英国へ亡命することで難をのがれた。これは「神の御心(みこころ)」だろう。でも自分の学説はなかなか認められない。まあ、何でも「性的抑圧」っていうのは当時も今も、あまりに無理があるような気もするけどな。でもさすがに神の否定はできなかったんだろう。その考えからでた言葉のように思えてならない。ものごとはいろんな解釈ができる。正反対の解釈も可能だ。でも、一般人にはいつも片面しか見えていない。いや・・見たい面しか見えないように「潜在意識」がコントロールしている。だから判断を間違うんだ。世の中を多面的に見るってのは自分を限りなく客観視するしかない。だから人は人に相談するんでしょう?それぐらい自分を客観視するのは難しい。フロイトのようにどん底に陥ってそれを行うことの難しさをこの言葉に学んだように思うぞ。

トラックバック

トラックバックURL:

コメント

コメント入力フォーム

(朝礼ネタ・スピーチに名言コラム〜社長ブログ・今日の一言 にはじめてコメントされる場合、不適切なコメントを防止するため、掲載前に管理者が内容を確認しています。適切なコメントと判断した場合コメントは直ちに表示されますので、再度コメントを投稿する必要はありません。)

フォーム