朝礼ネタ・スピーチに名言コラム~バイカー修ちゃん・今日の一言: 2008年3月アーカイブ

2008年3月

神々は我々に心優しいのだ。老いてゆくにつれて、生きづらくなるようにしてあるのだからね。結局、さまざまな重荷を背負うよりも死んだほうがましだと思えてくるものなのだ。
-[1856-1939] オーストリアの神経科医 ジグムント・フロイト 1930年顎の癌を患ってからの言葉-

こいつらいったい、いつ働いているんだ?何の仕事をしているんだ?パリに来て以来、きちんと物を作っているところなんか見たことがない。ここにやってくる技術者連中なんて、流行の服で着飾って、ステッキ持っていつ働いているんだろう?
-[1847-1931] 米国の発明家 トーマス・アルヴァ・エジソン1899年8月19日パリでの感想-

義を取り生を捨つるは わが尊ぶところ 快く受く 電光三尺の剣 ただ まさに一生をもって君恩(くんおん)に報いむ。
-[1834-68]  武州多摩郡上石原村出身 新選組局長 近藤勇(いさみ)昌宜(まさよし) 辞世の句-

人は海のようなものである。あるときは穏やかで友好的。あるときはしけて、悪意に満ちている。ここで知っておかなければならないのは、人間もほとんどが水で構成されているということである。
-[1879-1955] ドイツの理論物理学者 アルベルト・アインシュタインの言葉-

身には前垂れを纏(まと)うとも、心には兜をつけよ。
-[1860-1931] 三越創始者 日比翁助(おうすけ)がよく引用した 福沢諭吉の言葉-

小林一茶

うつゝなの 人の迷ひや 野べの蝶 
-[1763-1827] 江戸後期の俳人 信濃国(長野県)出身 小林一茶「文化句帖」より-

風は偉大なる者を燃え立たせる。
-[1946-86] 福岡県浮羽市から移住した日系二世 米国の宇宙飛行士スペースシャトル「チャレンジャー」の事故で殉職 米国ではアジア人初の宇宙飛行士 エリスン・ショージ・オニヅカ(鬼塚承二)が高校卒業のときに書いた言葉-

未来には、あなたによって生み出される何かが待っている。人生は、あなたがそれを生み出すことを期待しているのだ。もしもあなたがいなくなれば、その何かも、生まれることなく消えてしまうのである。人生は、あなたがそれを生み出すのを待っているのだ。そうだ。人生に期待するのは間違っているのだ。人生の方が私たちに期待しているのだ。
-[1905-] ユダヤ系オーストリア人の実存主義的心理学者 ヴィクトール・エミル・フランクル著 「夜と霧」霜山徳繭訳みすず書房より-

時のあけぼの以来、およそ一千億の人間が地球上に足跡を印した。銀河系の星の数もまた一千億。地上に生をうけた人間ひとりあたりに一個ずつ、この宇宙では星が輝いているのである。
-[1917-2008] 米国の小説家 アーサー・チャールズ・クラーク「2001年宇宙の旅」前文p21より-

その最後の日に彼女は全く内面の世界へと向いていた。「あそこにある樹はひとりぽっちの私のただ一つのお友達ですの。」と彼女は言い、バラックの窓の外を指した。外では一本のカスタニエンの樹が丁度花盛りであった。病人の寝台の所に屈んで外を見るとバラックの病舎の小さな窓を通して丁度二つの蝋燭(ろうそく)のような花をつけた一本の緑の枝を見ることができた。「この樹とよくお話しますの。」と彼女は言った。私は一寸まごついて彼女の言葉の意味が判らなかった。彼女は譫妄(せんもう)状態で幻覚を起こしているのだろうか? 不思議に 思って私は彼女に訊いた。「樹はあなたに何か返事をしましたか? ―― しましたって!―― では何て樹は言ったのですか?」  彼女は答えた。「あの樹はこう申しましたの。 私はここにいる――私は――ここに――いる。 私はいるのだ。永遠のいのちだ・・・・・・・。」
-2004.10.26 [1905-] ユダヤ系オーストリア人の実存主義的心理学者 ヴィクトール・エミル・フランクル著 「夜と霧」(7 苦悩の冠:p170)霜山徳繭訳みすず書房より強制収容所で亡くなった若いユダヤ人女性がフランクルに語った最期の言葉-

私は医学者として、とにかくあることを学んだ。教科書は嘘八百だ、ということを。たとえば、どこかにこんなことが書いてあった。人間は睡眠を取らなければ何時間だか以上はもちこたえられない。まったくのでたらめだ。収容所暮らしでは、一度も歯を磨かず、そしてあきらかにビタミンは極度に不足していたのに、歯茎は以前の栄養状態の良かったころより健康だった。あるいはまた、半年間、たった一枚の同じシャツを着て、どう見てもシャツとは言えなくなり、洗い場の水道が凍ってしまったために、何日も体の一部なりと洗うこともままならず、傷だらけの手は土木作業のために汚れていたのに、傷口は化膿しなかった。あるいは、以前は隣の部屋でかすかな物音がしても目を覚まし、そうなるともう寝つけなかった人が、仲間とぎゅう詰めになり、耳元で盛大ないびきを聞かせられても、横になった途端ぐっすりと寝入ってしまった。人間はなにごとにも慣れる存在だ、と定義したドストエフスキーがいかに正しかったかを思わずにはいられない。人間はなにごとにも慣れることができるというが、それは本当か、本当ならそれはどこまで可能か、と聞かれたら、わたしは、本当だ、どこまでも可能だ、と答えるだろう。だが、どのように、とは問わないで欲しい・・。
-[1905-] ユダヤ系オーストリア人の実存主義的心理学者 ヴィクトール・エミル・フランクル著 「夜と霧」霜山徳繭訳みすず書房より-

会田雄次

西洋では、略奪が一番簡単で一番豊かな生活を約束する。
-[1916-97] 歴史学者・京都大学名誉教授 会田雄次 1972年刊「日本の風土と文化」より-

光田明正

歴史を振り返ってみると面白い。元朝は圧倒的な軍力をもって金を滅ぼし、南宋を打倒した。しかし、基本的には蒙古風を堅持していたのである。その結果、ひとたび許容できぬと漢文明が判定し立ち上がると、その掃去は速い。元の順帝の退去を「北走」と言い、歴史が何より大事な中国で、元史の編集が粗雑に済まされたことは、漢文明に融和しなかったものに対する感情を微妙に表していると言えよう。
-[1936-] 台北出身の桜美林大学孔子学院院長 光田明正「中華の発想と日本人」p41より-

我々が長い間のテロとの戦いで学んだことは、テロと戦うことと引き換えに、民衆の自由を奪い、民主主義をゆがめ、先制攻撃の名のもとに軍事行動を行うことこそが、テロリスト達にとっての勝利だということである。
-[1961-] 2004年4月にスペインの首相に就任した ホセ・ルイス・ロドリゲス・サパテーロの2004年10月の国連総会での演説-

不遇はナイフのようなものである。刃をつかむと手を切るが、把手(はしゅ)をつかめば役にたつ。
-[1819-91] 米国の作家 ハーマン・メルヴィルの言葉-

芸術は慰(なぐさ)みの遊びではない。それは闘いであり、ものを噛み潰す歯車の機械なのだ。
-[1814-75] フランスの画家 ジャン=フランソワ・ミレーの言葉-

切なことほど他人には伝えにくい。言葉にすると色あせるのだ。
-[1947-] 米国の小説家 スティーブン・エドウィン・キングの言葉-

もし世界の終りが明日だとしても、私は今日林檎の種子をまくであろう。
-キリスト教の伝説的聖人ゲオルギウスの詩-

我が国小なりといえども誠によく上下同心(しょうかどうしん)その目的を一にし、務めて国力を培養せば、宇内に雄飛し万国に対立するの大業甚だ難しきにあらざるべし。
-[1825-83] 明治維新の貴族 岩倉具視 明治12(1879)年3月に記した「国本培養に関する上書」より-

半髪(はんばつ)頭をたたいてみれば因循姑息(いんじゅんこそく)の音がする。

惣髪(そうはつ)頭をたたいてみれば王政復古の音がする。

ジャンギリ(散切)頭をたたいてみれば文明開化の音がする。
-[1833-77] 長州藩士・政治家 木戸孝允(桂小五郎)明治4年(1871)発行の『新聞雑誌』第2号の歌-

どこにでもいるような人が集まって、だれにもできないようなことを成し遂げたのだ。
-[1918-1992] 米国ウォルマート・ストア創業者 サミュエル・ムーア・ウォルトンの言葉-

栗原貞子

こはれたビルデングの地下室の夜であつた。
原子爆彈の負傷者達は暗いローソク一本ない地下室を埋めていつぱいだつた。
生ぐさい血の匂ひ、死臭、汗くさい人いきれ、うめき声。
その中から不思議な声が聞こえて來た。
「赤ん坊が生れる」と云ふのだ。
この地獄の底のやうな地下室で、今、若い女が産氣づいてゐるのだ。
マッチ一本ない暗がりの中でどうしたらいゝのだらう。
人々は自分の痛みを忘れて氣づかつた。
と「私が産婆です。私が生ませませう」と言つたのは、さつきまでうめいてゐた重傷者だ。
かくて暗がりの地獄の底で新しい生命は生れた。
かくてあかつきを待たず産婆は血まみれのまゝ死んだ。
生ましめんかな 生ましめんかな。己が命捨つとも。

-[1913-] 広島生まれの詩人 栗原貞子『生ましめんかな』より-

小林秀雄

実行家として成功する人は、自己を押し通す人、強く自己を主張する人と見られがちだが、実は、反対に、彼には一種の無私がある。空想は孤独でもできるが、実行は社会的なものである。有能な実行家は、いつも自己主張より物の動きの方を尊重しているものだ。現実の新しい動きが看破されれば、直ちに古い解釈や知識を捨て去る用意のある人だ。物の動きに準じて自己を新たにするとは一種の無私の精神である。
-[1902-83] 東京出身の昭和期の評論家・思想家 小林秀雄『無私の精神』より-

吉田繁治

人は、他人が書いた文を読んで、おそらく自分を読んでいる。自分の、他人とは共有できるはずもない個の体験を、言葉の作用で呼び起こす。体験は、言葉にはならない。その人の、一回限りのものだ。われわれはそれらを記憶し、だれかの言葉によって思い起こす。
-東大仏文科卒 システムズ・リサーチ社チーフコンサルタント 吉田繁治 2004年9月の発言-

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