2008年02月20日

上杉謙信

もののふの 鎧の袖(そで)をかたしきて 枕(まくら)にちかき初雁(はつかり)のこゑ
-[1530-78] 戦国武将 上杉謙信の和歌-

武士の鎧の袖を片敷きて 枕に近き初雁の声・・一生を戦いにあけくれた上杉謙信らしい歌ですね。バイカー修ちゃんは鎧を着たまま眠ろうとする謙信。暗い中に雁の声。この殺伐(さつばつ)として明日は戦いになろうという中、なぜこのような美しい歌が読めるのか?この歌の説明は本やサイトにたくさんあるよね。それくらい有名な歌だもの。バイカー修ちゃんは戦国時代の人が、和歌や茶、そして仏門に帰依するのはやはりそれなしに精神のバランスがとれないからではないかと思うんだ。「神も仏もない」戦国時代にあって殺すほうも殺されるほうも極限の状態にあるわけだね。これが100年以上も続くんだよ。普通の精神じゃもたない。戦(いくさ)に無縁の精神世界を重んじることによってバランスをとっていたんだと思うぞ。茶の湯だってそうだ。この戦国時代、意外と実利主義なんだね。戦に勝ったら、家臣に土地やボーナスを出さなきゃいけない。逆いうと、家臣の給料をあげてやんなきゃいけないから「マーケットの拡大」でとなりの領地に攻め入るんだね。これ意外とみんなの盲点なんだ。でもこのせまい日本、領地には限りがある。そこで!「茶の湯」の出番だね。秀吉が墨俣(すのまた:岐阜県大垣市)の「一夜城」で大きな功績をあげたとき、抜け目ない彼は大きな褒美を期待した。「金か銀か?それとも城か?」信長がさしだしたのは一個の「棗(なつめ)」つまりお茶を入れる小さな坪だ。秀吉の心中「・・・・・????(@_@)!!!」驚いたろうなあ・・。でもこれが彼を茶の湯という深い世界を知るきっかけとなった事件でした。小さな坪が領土にとってかわる価値観となる。これって大事でしょ。今はこの「精神性」がいちじるしく軽視されている。なんでも「お金」成功者=リッチマン、これじゃ救いようががないんだよ。これじゃ神経症が増えちゃうよ。鎧の袖で寝ながら、鳥の声に風流を感じる謙信。「あの雁のように戦のない世界に住んでみたい」彼だってそう思ったことはあるはずだ。次の朝には名刀一文字を引っさげて戦場におもむいたんだろうな。

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