模倣と小細工のみでは「零戦」は生まれなかったであろう。
独自の考え方と哲学、そして「日本人の血の通った飛行機を作るのだ」という意思がそれを可能としたのである。
‐[1903-82] 群馬県出身一高主席卒 東京帝大工学部主席卒 三菱零式艦上戦闘機の設計主務者 堀越二郎の言葉-
昨日はヴィリー・メッサーシュミットというマニアックな人を紹介しました。
今日は日本の「零戦」(「ゼロセン」っていう名が有名だけど、「れいせん」って読むのがマニアックです)を生み出した「天才」堀越二郎氏の言葉です。
正式名称「三菱零式艦上戦闘機」
メッサーシュミットが高圧的な「天才」なら、堀越二郎は謙虚な和をもって尊しとする調整型の天才でしょう。
堀越の写真を見ると・・失礼だが普通のおとなしそうな人物だ。(とはいってもかなり頑固だったそうだけど)日本人としては長身だっていうのが特徴かな。
あの日本工業技術の傑作といわれる伝説の戦闘機、三菱「零戦」を生み出したオーラはあまり感じない。
まだ30歳そこそこの若者だった。1930年代当時の日本はまだ発展途上国で国力も工業力もお寒いかぎりだった。
零戦の細部を見ると、アメリカ機をまねた主脚、ドイツ機の模倣の照準器、スイス製のライセンス生産の機関砲、これまたアメリカ製を基本として開発した中島「栄」エンジン。
まあ・・そんな状態だ。おまけに発注者の海軍は、身の程も知らず「世界一速く、運動性は軽快で、破壊力は超一級、航続距離は爆撃機なみに長くしてね」なんて無理難題。
まったく貧乏軍隊の分際で身の程を知れ!ってかんじだな。
オリンピックで3つくらい金メダルをとれって言っているようなもんだ。
昨日のメッサーシュミット博士なら「そんなもん不可能だ!」って怒っちゃうだろうな。
でもこの青年は血を吐く苦しみでそれを成し遂げた。
出来上がったその戦闘機は・・とても人殺しの兵器だとは信じられないような、たおやかな線を持った絶世の大和撫子(やまとなでしこ)だった。
欧米人もこの零戦をたいへん美しく感じるようでおそらく戦闘機のミスコンがあったら十分優勝候補の一人(一機?)になるくらい世界的美女なのだ。
おそらくもう一人(一機)の絶世の美女英国のスーパーマリン「スピットファイア」との一騎打ちだろうな。
スピルバーグの映画「1941」ってコメディがあるんだけど、その中でアメリカ陸軍パイロット役のジョン・ベルーシが「ミツビシ・ゼロセンを撃墜したぜ!」っていうセリフがある。(まちがってアメリカの飛行機を撃っちゃったんだけど・・)
バイカー修ちゃんはいまだこれを超える美しいメイドインジャパンの工業製品を知らない。
今の「売らんかな」でつくるクルマなんかはまさしく外国車のデザインを横目でパクってつくりました!ってスケベ心がありありだ。
でも零戦を見る限り、日本人の美意識とセンスは抜群だ。
答えは外にあらず内にあり!ってところかな?
メッサーシュミットBf109に遅れること約3年。英国の名機スーパーマリン・スピットファイアに遅れること2年。
零戦もまた第二次大戦直前に生まれた比較的初期の戦闘機だけれど、完全流線型のボディが発揮する世界トップクラスの高速性、視界を360度確保する世界初の水滴型風防。
超軽量の機体が生み出す信じがたい運動性(こりゃまちがいなく世界一だったろう)。20ミリ機関砲装備の破壊力(これも当時最強レベル)。
そして世界初の落下式増設タンクというアイデアで3500キロ!を超える世界最長の航続力(ちなみにメッサーもスピットもたった750キロ程度だった。でもこれが普通なの)
データを見るとまさに信じがたい世界初の「戦略戦闘機」の誕生だった。
それも空母という限られた空間から離発着するというおまけつきで・・・。
日本人ってのはつくづくスゴい国民だ。
これに驚いたのは戦ったアメリカ人やイギリス人だった。
メッサーシュミットをイギリスで打ち負かして意気揚々と小生意気なアジア人を懲らしめに来た英国パイロット&スピットファイア。
「スピットファイア」(かんしゃく持ち)って美しいスタイルに似合わない名前を持つこの英国製戦闘機は、当時世界最強と言われてた。
あろぅことか彼らは日本海軍パイロット&零戦との手合わせで見事にぼこぼこにやられてしまう。
圧倒的な零戦のワンサイドゲームだった。英国人パイロットにはありえない結果だった。
アジア人が白人を近代航空戦において打ち負かした歴史的瞬間だ。
日本海軍のパイロットもまた優秀だったんだ。
ドイツのメッサーシュミットが強いことはナチスの過剰な宣伝と実績で世界中の人が知っていた。
でもドイツ空軍のパイロットの戦い方は「こん棒持った短距離選手」の戦いだ。
スピードとアウトレンジ、老練な英国人には読むことができた。
スピットファイアのスピードと運動性は抜群だ。これ以上のマシンが世界にあるはずがない。
いや、あってはならない。
アジア人の猿まねに何ができる。
でも彼らは後年、この日本の零戦は「異次元の敵」と感じたという・・・まさしく「忍者」。
視界から突然消えた・・と思ったらいつの間にか後ろにいて、あとは一巻の終わり。
誇り高き英国紳士はひどく傷ついたという。
零戦ってどちらかというと線が細く、華奢で女性のように美しい。
これが世界の屈強の戦闘機をバタバタ撃墜するんだからすさまじい。
開戦当時、英米のパイロットには「零戦ショック」で恐怖のあまり神経症になるパイロットもでたくらい恐れられたんだぞ。
でも・・やはり国力の低さは一戦闘機の出現くらいではどうにもならないんだな。
この零戦も戦争末期には特攻機となって散っていく・・・まさしく昭和の源義経だ。
判官贔屓(ほうがんびいき)もあって、この滅びの美学がまた日本人らしい。
よくも悪くも零戦は日本人の象徴なんだなあ。



お気に入り・リンク