2007年12月20日
上杉謙信
心に物なき時は心広く体泰なり。
心に我が侭(まま)なき時は愛敬失わず。
心に欲亡き時は義理を行う。
心に渡しなき時は疑うことなし。
心に驕(おご)りなき時は人を教う。
心に誤りなき時は人を畏(おそ)れず。
心に邪見なき時は人を育つる。
心に貧なき時は諂(へつら)うことなし。
心に怒りなき時は言葉和(やわら)かなり。
心に堪忍ある時は事を調(ととの)う。
心に曇りなき時は心静かなり。
心に勇ある時は悔やむことなし。
心賤(いや)しからざる時は願い好まず。
心に孝行ある時は忠節厚し。
心に自慢なき時は人の善を知り。
心に迷いなき時は人を咎(とが)めず。
-[1530-78] 越後の戦国武将 上杉謙信「家訓十六ケ条」より-
これは上杉家に伝わる家訓です。ストイックな彼の考えがよくでていると思うぞ。今の日本人に欠けているものがここにすべてある。これを子どもの道徳の基本にしよう!なんて言ったら日教組かなんかが、封建主義の思想への逆行だ!・・なんていいだすんだろうなあ。「バイカー修ちゃん」の読者には学校の先生も多いけど、みなさんどう思いますか?この混乱は日本人のアイデンティティの喪失が根本要因だってことはわかっているじゃないか。この数日、大河ドラマの影響で信玄と謙信づいているけど、領地拡大に手段を選ばなかった信玄と、あくまで自分の理想で戦い、領地拡大を目指さなかった謙信のその後がおもしろい。ご存知のように武田家は信玄の息子、四郎勝頼になって長篠の戦いで織田信長の鉄砲軍団に敗戦し、その後滅亡しちゃう。対し上杉家は謙信は生涯独身で子どもがなかったから(こりゃ当時ではすごく珍しい)お姉さんの子の景勝が跡目を継ぎ豊臣秀吉の時代まで栄える。しかし徳川家康に関が原で敗北し、もうこれまで!って絶体絶命と思われたんだけど御取りつぶしにはならず、越後から米沢に国替えになる。ここで穀高は四分の一の30万石にまで減るんだけど・・しぶとく生き残る。徳川幕府のいじめは続き、穀高は減る一方。貧乏藩になっちゃうのだ。ここに幕末あの有名な上杉鷹山(ようざん)が登場。経営改革の神様っていわれる偉人だよね。こうしてみると、やっぱり効率主義でドライに生きた人は滅び、理想に生きた人は残る・・・って感じがするなあ。
- by 社長ブログ・バイカー修ちゃん
- at 06:33
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