木戸松菊(しょうぎく)【孝允:桂小五郎】は、西郷などに比べると、非常に小さい。
しかし綿密な男さ。使い所によってはずいぶん使える奴だった。
あまり用心すぎるので、とても大きな事には向かないがのう。
‐[1823-99] 幕末・維新の政治家 勝海舟「氷川清話」より木戸孝允(桂小五郎)評‐
この人もまたいろんな人物評のある人だよねえ。
木戸孝允(たかよし)って明治維新の名前より、幕末の志士、桂小五郎って言ったほうが有名だよな。
幕末のゲシュタポか親衛隊ともいえる新選組が京都をビシビシ取り締まり、幕府に反抗する不逞浪士(主に薩摩・長州・土佐の人たちね。当事はテロリストとみなされていたんだ)を斬りまくっていたころ、小五郎は乞食に化けて潜伏していたっていうのは有名な話。
よーく幕末のドラマでもでてくる。但し、この小五郎、おそらく斬りあっても新選組のエリートにも負けはしないくらいの剣豪だった。
なんといっても当事江戸では三傑と言われた「力の斎藤」の神道無念流を長州から剣術留学し、免許皆伝を得て、入門一年で塾頭にまでなった。
この時、土佐の武市半平太 (たけちはんぺいた)が後に人斬り以蔵となる下僕、岡田以蔵を伴って、「位の桃井」にて鏡新明智流に留学、同じく免許皆伝を経て塾頭になっている。
この桂と武市はどちらも六尺の大男(175センチくらで当事は大男)で残った写真や肖像画を見てもいい男なんだこれが。
二人は江戸で人気を二分していたことが、司馬遼太郎氏の「人斬以蔵」に詳しく書いてある。
これのネタ元が「氷川清話」だったりする。
でも、この二人の人生は大きく違ってくる。桂は木戸孝允となって、明治政府の中心人物となっていく。
そしてライバルの武市は、倒幕を企て「土佐勤王党」を結成、「天誅(てんちゅう)」と称し暗殺・テロリストとして生きていく。そして三段腹かっさばいて切腹して果てるのだ。
生き残ったものは明治の英雄。死にゆくものはテロリスト。
おととい紹介した西郷どんも含め「勝てば官軍」ってここらから出たんだよなー。
幕末・明治って第二次戦国時代だな。



お気に入り・リンク