2007年11月27日
アンリ・ベルクソン
意識する存在にとって「生存」するということは変化することであり、「変化」するということは経験を積むことであり、「経験」を積むということは無限に己自身を創造していくことに他ならない。
-[1859-1941] フランスのユダヤ人哲学者 アンリ=ルイ・ベルクソン「創造的進化」より-
バイカー修ちゃんが学生の頃は「ベルグソン」ってにごっていたけど、今は「ベルクソン」って表記するんだね。バイカー修ちゃんは学生時代にベルクソンに大変影響を受けた。この1907年発刊の「創造的進化」はすすめられて読んだんだ。でも当事ベルクソンは「神秘主義者」とか言われてあまりかんばしくなかったなあ。しかし、今一世紀の時を経て、ベルクソンの主張はがぜん意味を持っていると思うぞ。とくに西洋的「一元論」、つまり、肉体と精神は同じものだっていう理論ね。だから、物体である脳を物理的に調べれば、精神は理解できるという「仮説」だね。これをベルクソンは否定した。・・で、最近はどうも「心身」は「並行」していないのではないか?って言われてる。うん、そりゃ異論はあると思うぞ。理論は理論であって、永遠に理論なのだ。肉体と精神が並行していないということは、肉体が滅びても精神は残ると考えられる。ここにベルクソンが「神秘主義者」だって揶揄(やゆ)される理由がある。100年前を考えてごらんよ。科学万能主義がヨオロッパ(うーん、レトロだねえ)で吹き荒れ、どんどん伝統が破壊されモラルと文明の変遷(へんせん)の狭間で、戦争に突入する前夜だぞ。この100年で時代は変わった。科学が人類を幸福に導くという幻想は色あせ、20世紀の決算をせまられているように感じる。滅びて消滅しかけた「哲学」の時代が再びくるだろう。人間は、何のために生きるのか?という命題を考える時代だと思うぞ。
- by 社長ブログ・バイカー修ちゃん
- at 05:12
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