2007年11月16日
永倉新八
4か条の禁令 一、士道に背くこと 二、局を脱すること 三、勝手に金策を致すこと 四、勝手に訴訟を取り扱うこと この四か条を背くときは、切腹を申しつくること。
-[1839-1915] 新選組二番隊隊長 永倉新八の手記「新選組顛末記」より-
これが悪名高き新選組の局中法度(はっと)です。これでやたら切腹が多かった。山南敬助も脱走して切腹。でも、隊内抗争や粛清で亡くなった人はもっと多い。芹沢鴨(せりざわかも)や伊東甲子太郎(かしたろう)、谷三十郎、武田観柳斎(かんりゅうさい)あげればきりがない。こんなに厳しくしないと隊の規律が保てなかったんだね。時代とはいえ、当事の武士はかなり緩んだ規律だったにもかかわらず、あまり得体の知れない新選組はそうじゃなかった。武士ではなかった人が多かった。武士になりたかった人が多かったから、こんな厳しい戒律をつくったのかもしれないと思うぞ。新選組は武士といっても下級武士、ほとんどの隊士は、脱藩した足軽や下級武士、町民あがり、農民や商人の息子などが多かった。彼らは「武士」になりたかったんだ。いきおい、戒律は厳しく、殺伐(さつばつ)とした状況になってくる。仕事で殉職(じゅんしょく)するより、隊内抗争で亡くなる人のほうが多いような異常な状態になってくる。まあ、幕末明治と異常な状態だったし、幕府側も倒幕側も新旧体制の交代時期だったのでいきおい「若者の時代」となったんだ。バイカー修ちゃん子供の頃は新選組って鞍馬天狗の斬られ役か、いつも悪役って決まってた。だも最近は状況が違うよね。ネット上のサイトでも沖田総司や土方歳三のサイトは多いもんね。カルテ的なものも多いし女性のファンも多い。でも実像はそんなロマンティックなものじゃないと思うぞ。
- by 社長ブログ・バイカー修ちゃん
- at 06:32
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