最終的には、このつまり百姓国家がもったこっけいなほどに楽天的な連中が、ヨーロッパにおけるもっともふるい大国の一つと対決し、どのようにふるまったかということを書こうと思っている。
楽天家たちは、そのような時代人としての体質で、前のみ見つめながらあるく。のぼってゆく坂の上の青い天にもし一朶(いちだ)の白い雲がかがやいているとすれば、それのみをみつめて坂をのぼってゆくであろう。
-[1923-1996] 司馬遼太郎「坂の上の雲」あとがきより-
タクシーママは、全国子育てタクシー協会の用事で香川へ行ってきたらしいけど
(http://www.kosodate-taxi.jp/2007/11/post_121.html)僕は、法人会の全国大会で愛媛県松山市へ行ってきました。
あまり事前の知識もなく、「松山は坊ちゃんか正岡子規かな?」ってなもんでした。
初日の式典懇親会を終え、二日目土曜日は友人と松山市内を散策。
ここでみつけた今年4月openした「坂の上の雲ミュージアム」。安藤忠雄設計のモダンな外観はちょっとだけ・・のつもりが二時間もいることに!
友人がいたからこれで切り上げたけど、一人だったらあと一時間はいたと思うぞ。
『坂の上の雲』何度読んだかわからないくらい読みました。
秋山好古(よしふる)・真之(さねゆき)兄弟、正岡子規の友情物語でもあるし、明治を一大叙事詩として描いた大作だ。
自民党の政治家が好きな本ナンバー1にあげている人が多いのもうなづけるが、あの「オトモダチはアルジャーノン・・じゃないアルカーイダ」なんて暴言をくりかす人々のレベルを考えたらちょっと疑りたくなる。
しかし、あの貧しく産業もないわが国にあったのは「人材」だったというのは事実だろうな。
よく歴史を美化しちゃいかんとか、大衆小説歴史観はいかんとかいうけど、脚色され美化された話かもしれないけど、興味をもつことはとても大事だと思うんだ。
イメージが暗い「明治」という時代、近代ニッポンのスタートはこの明治なんだ。
世界に向かって華々しくデビューしたこの明治。
昭和で再建不可能と思えるほどの大敗北を喫するきっかけになったのもこの明治にあるといえる。
このミュージアムは素晴らしかった。松山の印象はこれで二重丸になっちゃった。
いや松山はすばらしいトコロです。
松山城の茶屋の「たらいうどん」もおいしかったし。



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