2007年10月24日

正岡子規

病牀六尺(びょうしょうろくしゃく)、これが我世界である。僅かに手を延ばして畳に触れる事はあるが、蒲団(ふとん)の外へまで足を延ばして体をくつろぐ事も出来ない。甚だしい時は極端の苦痛に苦しめられて五分も一寸も体の動けない事がある。苦痛、煩悶、号泣、麻痺剤、僅かに一条の活路を死路の内に求めて少しの安楽を貪る果敢(はか)なさ・・
-[1867-1902] 明治の俳人・作家 正岡子規の「病牀六尺」冒頭より-

「坂の上の雲」、司馬遼太郎のこの小説の主人公は秋山兄弟ですが、その友人として登場するのがこの正岡子規ですね。「柿くへば 鐘が鳴るなり 法隆寺」、「卯の花の 散るまで鳴くか 子規(ほととぎす)」・・え!その俳句って正岡子規?そうなんです。子規ってほととぎすのこと?そうなんです。この小説の途中で彼は亡くなりますね。脊椎カリエスっていう、結核菌が脊椎を冒す病気になってしまうんですね。まだ30そこそこですよ。結核で血をはき、背骨までやられてうつぶせで寝たきり、膿が何ヶ所も出て激痛がする。そういう状況でこれを書いたんですね。当然口述してそれを書きとめたものです。何を言いたいのかっていうと、昨日ブライアン・グリーンの「エレガントな宇宙」って本を紹介したね。「バイカー修ちゃん今日の一言」読者の川島さんメールありがとう。さっそくこの本をアマゾンで発注したとのこと・・。自分のブログの影響力が怖いと思うぞ。そこで今日は「エレガントでない宇宙」もあるって言いたかったのだ。正岡子規にとっての宇宙は、たった六尺のフトンだった。その宇宙は阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄であった。その地獄の中で彼は結核の感染の恐怖をものともせず介抱してくれた親族や知人をののしり、罵声(ばせい)と苦痛の大声を発し狂人のようなさまで「芸術」をつらぬく。明日のバイカー修ちゃんで彼の最期の詩を書くね。芸術家って超自己チューな人なんだ。正岡子規の論評もいろいろ読んだけど、書いたものの論評だけでは的外れだと思うぞ。彼の苦痛の中でこのような文を書けたことすら驚異的だ。その視点は絶対必要だ。彼の置かれた苦痛の中でこれを書くことに集中することのみによって、彼は苦痛から逃れられたのかもしれない。六尺のフトンこそ宇宙そのものだった。ガラス障子の向こうに見える女郎花の花は、どんな星より遠い宇宙そのものだったろうなあ・・。

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