2007年10月01日

黒田如水

我不媚人 不望富貴
-[1546-1604] 安土桃山時代の武将 黒田官兵衛孝高(如水(じょすい)):『黒田家譜』・官兵衛の墓碑より-

これ意味は、我人に媚びず、富貴を望まずっていう意味です。秀吉の軍師として有名な黒田如水の言葉です。墓に刻んであるそうです。昨日、息子の学校で寮の先生と話をしたんだ。息子も中三。いろんな悩みがあるようだけど、寮に入って生活しているんで親には毎日の生活が見えない。不安定な時期だから気分も良かったりふさぎこんだりする。そこで寮の先生に話を聞いた。そこに僕の知らない息子がいた。みんなからどうしてもいじめられ孤立する子供も出てくる。子供の世界ってある意味残酷だ。いっしょになっていじめる子。我関せずで見て見ぬふりをする子。いろいろいるだろう。その中で、一人その子をかばって助けたらしい。それが自分の立場を悪くすることを承知の上で。寮の先生が語ってくれた。「正義感の強い子です」と。僕はあの子にそんな勇気があるとは知らなかった。ひるがえって僕はどうだろう?恥ずかしいな。「富貴」ってお金じゃなくて心の富をいうんだろう。その意味で「富貴」がたりない。人に媚びず、正しいことをやらねば。大いに反省させられた一日でした。

トラックバック

トラックバックURL:

コメント

くまさん、バイカー修です。
ありがとうございます。まだまだ息子そのものが未完成で、学校でもいろいろ問題も起こしているんですよ。
でもどんな子でも親にとっては大事な子ですよね。意外でしょうがバイカー修ちゃんも子供の頃は身体も小さくいじめられっこでした。
お嬢さんの心の傷は小さくはないだろうけど、必ず人に対する気持ちとなってプラスの方向に動くと信じています。
正直者がバカを見るような世の中に感じることも正直ありますが、理想に疑いを持つと子供は迷うよね。いや、親を見て迷っているんですよね。
僕らの人生の迷いでもあるんですよね。
子供って大人のカナリヤなんだと思います。

  • バイカー修
  • 2007年10月02日 09:09

こんばんは
いじめられていた子供さんの親御さんに代わって修ちゃんの息子さんにお礼が言いたいです。
見て見ぬ振りはいじめです。いじめられているその子にとって周り中が敵に見えていたことでしょう。たった一人でも自分に味方してくれる人がいるって事は、本当に大きな光だったと思いますよ。
いじめる子も、いじめられる子も成長途上の未完成な人格だから 双方にそれなりの原因はあるのだと思います。
ただ、いじめる側には成長の一時期のでき事であっても、やられる側にとっては一生の傷になる場合が少なくないよね。うちの子も中二の時、半年間いじめられ(彼女の場合完全な弱い者いじめだったんですが)、3年以上経った今でもそのダメージから抜けるのに随分苦労しています。
育てた様に子は育つって言われますよね。修ちゃんの息子さんの正義感は、修ちゃんと奥様が注いだ”心の富”が息子さんの中に育ったものですね。

  • くま
  • 2007年10月01日 23:49

コメント入力フォーム

(朝礼ネタ・スピーチに名言コラム〜社長ブログ・今日の一言 にはじめてコメントされる場合、不適切なコメントを防止するため、掲載前に管理者が内容を確認しています。適切なコメントと判断した場合コメントは直ちに表示されますので、再度コメントを投稿する必要はありません。)

フォーム