進歩が急速でめざましい時代には、そもそも私たちに宇宙が理解できるということがいかに驚くべきことであるかが見落とされやすい。
しかし、理解可能なことには限界があるかもしれない。
科学が提示できる最も深い理解のレベルに達してもなお、宇宙のもろもろの側面のなかには、説明がつかないままに終わるものがあることを受け入れなければならないかもしれない。
-「なぜ人間が世界(宇宙)を理解できるのか、それこそが私の最も理解できない事だ」というアインシュタインの問いへの答え [1942-] 米国の物理学者 ブライアン・グリーン『エレガントな宇宙』より-
「バイカー修ちゃん今日の一言」2001年2月23日(金)の一言
http://www.q-bic.net/biker_blog/2001/02/post-1802.html#more
「なぜ人間が世界を理解できるのか、それこそが私の最も理解できない事だ。」-ドイツの理論物理学者 アルベルト・アインシュタインの言葉-(なつかしいねえ・・)に対するブライアン・グリーンの返事なんです。
宇宙を人間が理解するなんて永遠に無理かもしれない・・・いや無理だろう。
人間の1.5ℓ程度の容積の脳でこの宇宙を理解しようとすることが驚異的だ。
たぶんこのわれわれが住む世界は、宇宙の中の局地的な、非常にまれな、閉じた、いびつな空間かもしれない。
おそらく木星の衛星のエウロパあたりの厚い厚い氷の世界の奥に潜む深い深い海の底に光も届かず巨大な水圧の暗い世界の底に火山があり、温水と鈍く赤く光る熱源があって、異様ななめくじかクモのような生物がへばりついて生きている閉じた空間があるだろう。
永遠に人類が知らない世界かもしれない。閉じた閉じた空間のコロニー。
そしてそれはいつしか温水と熱源が気まぐれ的に移りゆくことによって滅びるかもしれない。
ぞっとするような瞬間でかつ永遠の世界。
クモのような生物にとってそこは「楽園」かもしれない。
こりゃ作り話だけど、このような世界は宇宙にくさるほどあるだろう。
血と肉だけが生物じゃないだろう。
火や鉄の生物もいるだろう。
こんなパラレルな世界のうちのひとつのパターンが地球にすぎないのだと思う。
住んでるわれわれにとっては「美しい楽園」だ。
ただそれは思い込みだ。宇宙の常識からいえばエウロパの氷の底となんら変わりはしないのだ。
地球の海の1万メートル底に生きてる深海ダコだって住めばそこは楽園だ。
人間の感覚なんてしょせんそんなものだろう。
自分の常識を超えられはしない。
しかし、理解できるかもしれないという希望はそれ以上に大事だと思うんだ。



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