20世紀は、自由主義と全体主義の戦いだった・・・国を敵から守るのが、連邦政府の責任(コミットメント)である・・・自由経済を守るため、独裁国家と大量破壊兵器をもつ国に対しPre-emptive(=先制的)な攻撃を行う必要がある。
-[1946-] 第43代米国大統領 ジョージ・ウォーカー・ブッシュ大統領 2002年9月の重大発言-
2007年10月
私(新渡戸)は、私の正邪善悪の観念を形成している要素の分析を始めてから、これらの観念を私の鼻腔に吹き込んだものは武士道であることをようやく見い出したのである。
-[1862-1933] 思想家.農学者.国連事務局次長 新渡戸稲造「武士道」より-
日本にも急に増えた有名ブランドショップは、商品を通じて「救いを売る店」、または「差異の存在証明を売る店」ではないかと見えるようになったのです。
-システムズ・リサーチ社チーフコンサルタント 吉田繁治 の言葉-
今朝起きて見ると精神は非常に安穏であった。
そのままにガラス障子の外を静かに眺めた。
正面には女郎花が一番高く咲いて、鶏頭はそれよりも少し低く五、六本散らばっている。
余は病気になって以来、今朝ほど安らかな頭を持って静かにこの庭を眺めたことはない。
糸瓜の葉が一枚二枚だけひらひらと動く何だか苦痛極まってしばらく病気を感じないようなのも不思議に思われたので、 文章に書いてみたくなって、余は口で綴(つづ)る。
-[1867-1902] 愛媛県伊予松山出身の明治の俳人・作家 正岡子規の「九月十四日の朝」最期の詩-
病牀六尺(びょうしょうろくしゃく)、これが我世界である。
僅かに手を延ばして畳に触れる事はあるが、蒲団(ふとん)の外へまで足を延ばして体をくつろぐ事も出来ない。
甚だしい時は極端の苦痛に苦しめられて五分も一寸も体の動けない事がある。
苦痛、煩悶、号泣、麻痺剤、僅かに一条の活路を死路の内に求めて少しの安楽を貪る果敢(はか)なさ・・
-[1867-1902] 愛媛県伊予松山出身の明治の俳人・作家 正岡子規の「病牀六尺」冒頭より-
進歩が急速でめざましい時代には、そもそも私たちに宇宙が理解できるということがいかに驚くべきことであるかが見落とされやすい。
しかし、理解可能なことには限界があるかもしれない。
科学が提示できる最も深い理解のレベルに達してもなお、宇宙のもろもろの側面のなかには、説明がつかないままに終わるものがあることを受け入れなければならないかもしれない。
-「なぜ人間が世界(宇宙)を理解できるのか、それこそが私の最も理解できない事だ」というアインシュタインの問いへの答え [1942-] 米国の物理学者 ブライアン・グリーン『エレガントな宇宙』より-
ブラックホールとは実は巨大な素粒子であるのかもしれない。
-[1942-] 米国の物理学者 ブライアン・グリーン『エレガントな宇宙』より-
ヨーロッパ人は、1200万人のユダヤ人のうち600万人を殺した。しかし、今日、ユダヤ人は代理人(米国)を使って世界を支配している。彼らは他の国を(イスラムと)死ぬまで戦わせる。
-[1925-] マレーシア初の平民出身首相 マハティール・ビン・モハマド 2003年10月の発言-
『Winners Take All』…勝者の一人勝ちの時代は終わり、競争しながら協調する時代が到来した。
-[1951-] 東京都出身のトロン開発者 坂村 健 2003年9月マイクロソフトとの和解での発言-
生は教訓に満ちている。しかし万人にあてはまる教訓は一つもない、殺すな、盗むなという原則でさえ絶対ではないのだ。
-[1903-67] 小説家 山本周五郎 「赤ひげ診療譚~駆込み訴え~」より-
明治維新の改革を成就したものは、二十歳前後の田舎の青年であって、幕府の老人ではなかった。何事によらず、革命または改良ということは、必ず新たに世の中に出てきた青年の力であって、従来世の中に立っておったところの老人が説をひるがえしたために革命または改良が行われたという事は、ほとんどその例がない。
-[1867-1902] 明治の俳人・作家 正岡子規の言葉-
死して不朽(ふきゅう)の見込みあらば、いつでも死すべし。
生きて大業の見込みあらば、いつまでも生くべし。
-[1830-1859] 萩藩出身の幕末の指導者 吉田松陰 晋作の質問「男子いかなる時に死すべきか」に答えて-
学問は脳、仕事は腕、身を動かすは足である。
しかし、卑しくも大成を期せんには、先ずこれらすべてを統(す)ぶる意志の大いなる力がいる、これは勇気である。
-[1838-1922] 佐賀県出身の明治の政治家・首相 早稲田大学創立者 大隈重信の言葉-
小人は己を利せんと欲し、君子は民を利せんと欲す。
己を利する者は私、 民を利する者は公なり。
公なる者は栄え、私なる者は亡ぶ。
-[1827-77] 鹿児島県出身の明治維新の政治家 西郷隆盛の言葉-
もしいつかお前たちがこの手紙を読まなくてはならなくなった時、それはパパがもうお前たちの間にはいないからだ。 ――― 世界のどこかで、誰かが蒙(こうむ)っている不正を、心の底から深く悲しむことのできる人間になりなさい。それこそが革命家としての、一番美しい資質なのだから。
-[1928-1967] キューバの革命家 エルネスト・チェ・ゲバラが子供にあてた手紙-
私は収穫の時には立ち会わないかもしれないが、今のうちにまけるだけの種をまいておきたいと思う。
-[1931-] 旧ソ連共産党書記長・ソ連邦大統領 ミハイル・セルゲイビッチ・ゴルバチョフの言葉-
賢い人は葉をどこへ隠す? 森の中だ。森がない時は、自分で森を作る。一枚の枯れ葉を隠したいと願う者は、枯れ葉の林をこしらえあげるだろう。死体を隠したいと思う者は、死体の山をこしらえてそれを隠すだろう。
-[1874-1936] 英国の推理小説家 ギルバート・キース・チェスタトン『ブラウン神父の童心~折れた剣~』より



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