2007年08月22日

徳川家康

一には、人を選ぶなり。能(よ)き人を持つ時は、一切我云うにおよばず。天下を治むることは とりわけ我が智恵を立ててはならぬことなり。人の非をたやすくとりあぐるべからず。思う程の事叶ふは其の中にあり。
-[1542-1616] 江戸幕府初代将軍 徳川家康 「家康公逸話集」より-

「三河どの」と呼ばれた家康公の偉さを認識させる逸話です。上に立つものは、能力ある人を選び、自分を前面に出さず、人を責めるなとある。この人と信長の違いがここにあるような気がする。というより長年複雑な気持ちで見続けた信長という上司から学んだ処世術かもしれないな。だってこの人戦国きっての苦労人だし、まわりにはだれが天下をとってもおかしくないような武将がいっぱいいた。今川、武田、織田にもまれにもまれて同僚との出世レースにも光秀に先を越され、秀吉に負け、もう晩年も晩年にやっと天下がとれた。最後に笑う人は苦労を知ったタヌキ親父だったってわけですな。そして彼こそが地味であったけどいちばん成功する。先にでた今川、武田、織田、明智ついでに豊臣も滅びてしまう。出世レースって過酷だなあ。大河ドラマで活躍中の武田家は信玄の息子勝頼で滅んじゃうんだよなあ。でもその武田信玄に家康は「三方原の戦い」でボロボロに負けちゃうんだよね。一歩間違えば命はなかった。なんせ逃げる馬上で恐怖のあまりう○こ漏らしたっていうんだよ。そんな最強の武田信玄も滅んじゃう。運命ってわからないね。そんな命がけレースで勝ち抜いてきた最後の王者の出世の秘訣は人材登用と口出し無用っていうのは・・意味が深い。それまでの天下人はわがままで自己主張型だったからなあ。秀吉の思いつきの朝鮮出兵なんかも苦々しく思いながら見てたんだろうなあ。ちゃんと学習したから子々孫々260年も続いた徳川時代を築けたんだよね。でも信長や秀吉みたいに人気という点では今ひとつの感がある家康って人物は、現代の「三河どの」企業トヨタが今ひとつ花に欠けるのに通じるのかな?

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