共通コモディティ=「多くの人にとって共通価値をもつ商品」
ライフスタイル財=[個人の価値観によって大切になる商品]
先進国10億人の21世紀は、共通コモディティの価格が下落し、反比例してライフスタイル財の価値が拡大する。
現在でも、すでに家計支出の中では40:60くらいではないか?
デフレやインフレというマクロ経済論は、大ざっぱ過ぎて、「お話にならない」のだ。
マクロ経済論には、商品の具体性が欠けている。
-システムズ・リサーチ社チーフコンサルタント 吉田繁治 2003年7月の発言-
昨日のコラムで、「楽しみで旅をする人は食事と宿泊にお金をかける」って書いたよね。
これが「ライフスタイル財」だね。
でも多くの旅をする人は「食えないから旅をする(脱北者なんかそうだね)」ムカシは日本でも一家の次男三男は家じゃじゃまものだから満州や朝鮮なんかに移民で行った。
ブラジルやアメリカに行った人も大勢いる。
旅は「食うための手段」だったんだ。
同じ旅するでもこりゃえらい違いだと思うぞ。
バイカー修ちゃんの旅は、やっぱり「ライフスタイル財」だね。擬似的貧困の仮体験だ。
でもそのときの貧困と危険は「ホンモノ」だった。
8月29日のコラムでバハからフェリーに乗った話をしたよね。
http://www.q-bic.net/biker_blog/2007/08/post-387.html#more
その続きです。
フェリーではいちばん安い「甲板」に乗り込みます。
夕方乗って暑い暑い一日も終わり、夕日が沈んでいきました。
ここから毎日さびしくなるんだな。
大陸の夜は冷えてくる。海の湿った風はめったに味わえないもんだ。(長崎だと毎日なんだけど・・)
夕日を甲板から見てたら、ものすごく・・つきなみだな・・美しい少女、名前はレティーシア、甲板の手すりの隣にいた彼女も夕日を見ていた・・この時点で僕は彼女の名前をまだ知らない。
僕は以前アメリカに着いてから、なんて女性の美しい国なんだ(肥満も多いけど)っていうのが感想だった(貧困だねえ)。
しかしメヒコのそれはアメリカとは違う。
限りなくインディオに近い人から限りなくエスパーニャまでいろんな人がいる。
なんとなく・・階級がアッパーになるほどエスパーニャなんだなって・・感じはした。
メヒコの女性の美しさはこの世のものとは思えないんですよ。
へんな意味じゃなく、芸術だなって思った。
僕は夕日が月に変わっても、絵の具では決してあらわせない不思議な夕焼けも忘れてその女の子を見てたんだと思う。
黄色いTシャツを着たその子は18歳くらいかな?まあ・・僕は14歳くらいにしか見られなくて苦労したから、彼女は僕を同じ歳くらいに思ったのかもしれない。
彼女は満月のような月を指差して「ルーナ」と言った。
それが月をさすスペイン語だってことはすぐにわかった。
僕は同じく月を指差して「つき!」と答えた。すこし褐色の小さい顔にグレーの大きな瞳、黒っぽいウェーブのかかった長い髪それよりも真っ白な歯が笑った口にきれいに並んでいたのが印象的な娘だった。
少し微笑みに影があるのが気になったけど。
もうこの時点で甲板にたくさんザコ寝している難民のような人たちは視界に入っていなかった。



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