武士はその出自がすべてじゃった。いや、あの時代には、生きとし生くる人間の一生が、すべてその出自によって定められていた。そうした時代にあっても、武術なり学問なりの教育が行き届けば、突然に身分不相応な才というものが出現する。武に秀で学に長じ、しかも貧しさの分だけ情のこまやかな人物がの。
-[1951-] 東京出身の小説家 浅田次郎「壬生義士伝」より吉村貫一郎を回想する斉藤一 下巻より-
実は、バイカー修ちゃんが浅田次郎を読んだのは「壬生義士伝」が初めてです。テレビで渡辺謙が吉村貫一郎を演じたとか、映画で中井貴一が演じたとかが理由じゃないんだ。母がこの本をプレゼントしてくれたんだ。義理の母は何度か紹介してるけど、じつに読んでる本のセンスがいいんだよ。正直、新撰組の小説?吉村貫一郎?浅田次郎?・・てかんじで2ヶ月くらい「積読(つんどく)」状態だった。あまり興味をひかなかったし、仕事で疲れていたので、こんな上下巻の分厚い小説を読む気にならなかった・・でもふとベッドで寝る前になにげなく読み出したら・・ほとんど徹夜してしまいました!浅田次郎初の時代劇だそうですが読ませますねえ。泣けました。映画より小説の方が数段いいです。その中で心に残ったところがこの部分なんですねえ。「人斬り貫一」と恐れられた吉村貫一郎のキャラをあらわしています。吉村貫一郎は実在の人物なんですが、じつはどういう人かよくはわかっていないのです。でも見事に脚色してあって読ませます。なんでも「足りない」くらいがちょうどよい。「情のこまやかさ」は貧しさのなかでの思いやりがはぐくむという部分が大きかったと思うぞ。強烈な神さまもいないこの日本。「世間サマに申し訳ない」という恥の思想はこの「情のこまやかさ」をこの国民の美学としてきた。この「世間サマ」がなくなってしまえばこうも変わるのか?これも同じ日本人なんだ。無くした何かを吉村貫一郎は教えてくれる。



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