2007年06月20日
ピーター・ドラッカー
肩書きや地位がいかに高くとも、権限に焦点を合わせるものは、自らが、単にだれかの部下であることを告白しているにすぎない。
−[1909-2005] ウィーン出身の米国の経営学者 ピーター・フェルディナンド・ドラッカーの言葉−
ドラッカーのこのような短い言葉に「なるほど!」とうなった人はバイカー修ちゃんだけではないだろうと思うぞ。肩書きや権力には魔力があると思う。このために毎日どれほどの悲喜劇が繰り返されていることか。人間は誰しも心に大きな闇を持っている。とても孤独だ。どんな人でも満たされたいと思っている。頼られる、人の意思決定をも自分で行うというのはある種の人間にとって、とても快感なんだろうな。でもバイカー修ちゃんはあまりそう思わない。権力なんて幻想だと思う。よく名誉職を欲しがる人がいるでしょう。名刺の裏に「●○町内会会長」「◇◇ロータリークラブ会長」「△△交通安全協会会長」とかいっぱいいれている人。あの心境がよくわかんないなあ。でもだれでも形は違ってもそういう「見栄」ってあると思う。「すごいですねえ」って言われたいんだ。言われるとやはり嬉しい。「そんなことないです」って口では言っているけどやはり嬉しい。こんな感情を持つ自分がいやになることもよくある。このようなことから逃れてどこを切っても裏も表もない人間になりたい。って本当に思うんだ。どんな人間だって神の前では同じだし、隠し事をしても、神様は知っておられるという発想は本当にそのとおりだと思うぞ。でも努力する。その乗り越えなけりゃならない壁を乗り越えなきゃいけない。タバコもやめた。読書もする。コツコツ毎日やるべきことをやる。でもまだ表裏のない人間にはほど遠い。なんとかしなきゃ。
- by 九州教具(株)
- at 05:40
コメント
ZZRさん、バイカー修です。
土佐という人に媚びない風土への転勤で、ZZRさんのポリシーは光ってくると思いますよ。
バイカー修ちゃんも、権力にへつらい、弱者に横柄な人をよくみます。
これってはたから見るとあきれることを通り越してこっけいに見えたりするんですよね。
自分はそうなりたくないって思う気持ちはバイカー修ちゃんもZZRさんと同じです。
僕も、ポリシーをとおす人間こそが最後は成功すると信じてますし、自分に嘘つくとそれがずっと心のしこりになって自分がおかしくなりそうになるんですよ。
でもね、僕も若い頃はつっぱってたけど、今ではねそんなごますり虫を見ると哀れに思えてきてかわいそうになるんです。
なんでこんなにこの人は卑屈なんだろうってね・・。
そしたらそんな人にもやさしくなれるんですよ。
そのごますり虫くんだって辛いんですよ。きっと。
こんばんは。
私も、裏表のない人間を目指してます。
これまでに何人か、上司(=権力)に媚びつつ、目下の者には
横柄な態度をとっている人を見てきました。
とても同一人物の態度とは思えず、その反動からか、
自分自身は、媚びない人間でいようって思ってます。
些細なことですが、職場の後輩や職場外で知り合った年下の
人に対しても、常に丁寧語で接することを心がけています。
一方、理不尽な目上の人に対しては結構強気で辛口の言葉
を吐いたりするので、要領の悪い生き方をしているのかもです。
そんな私の姿を「信念を曲げない人」として見てくれていた
後輩がいたりして、密かに救われた気分になったりします。
私は比較的、権力志向や出世欲が低いと思うので、
裏表なく信念を曲げずにどこまでいけるか、もうしばらく
つっぱって見たいと思います。
バイカー修です。
ある人が言ったんです。言っていることと行っていることが違うというのは相手に伝わるって。
自分が乗り越えなければならないのはここだと思ったんです。
自分にはうそはつけないものね。
こんばんは くまです
「どこを切っても裏も表もない人間になりたい」って 普通の人は年齢とともに、
現実の自分に負けて 諦めていってしまう場合が多いと思うんですが、
(・・というか自分がそうなんですけど)
修ちゃんは そうではないんですね。
それが 修ちゃんが修ちゃんたる所以なんでしょうねぇ。
すごいなぁ。
”意思の力”を感じた 今日の一言でした。
私も そうありたいと・・・・思っているだけではいけませんね、
コツコツと、毎日やることをやらないとね。がんばります。