2007年06月15日
ピーター・ドラッカー
(ドラッカーはドイツでの学生時代ヴェルディが最後に書いたオペラ、シェイクスピア作『ファルスタッフ』を聴いて衝撃を受ける)私は調べた。信じがたい力強さで人生の喜びを歌い上げるあのオペラは、80歳の人の手によるものだった。・・・平均寿命が50歳そこそこだった70年前、80歳は珍しかった。-[1909-2005] ウィーン出身の米国の経営学者 ピーター・F・ドラッカー2000年の著書「プロフェッショナルの条件」より-
これを読んだときの状況ははっきり覚えています。2004年6月、バイカー修ちゃんはハワイにおりました。バイカー修ちゃんのハワイでの過ごし方ってのはね、1.読めなかった本を山ほど持っていく。2.シェラトンワイキキ(ここはいいよ!)のプールサイドで山積みした本を読む。3.ホテルのビールは高いので通りのABCマートで3ドル90セントでビールを6缶買ってくる。4.10時くらいになると、ダイヤモンドヘッドまでジョギングする。片道4〜5キロくらいで標高差があって気持ちいい。5.帰ってきたらプールで綺麗なお姉さまやおじいさんとプール・エクササイズをしてまた本を読む。まあ、これがバイカー修ちゃんのハワイの日課です。そんな中でこのドラッカーの「プロフェッショナルの条件」を読んだのだ。この本ドラッカーが80歳頃に書いた本だけど(中身は今までの重複が多いけど)あいかわらずエキサイトだ。しかし、このヴェルディの『ファルスタッフ』を聴いて衝撃を受けたってところがおもしろい。こりゃシェイクスピアの『ウィンザーの陽気な女房たち』が原作だ。シェイクスピアの喜劇はほんとにおもしろくてバイカー修ちゃんは『お気に召すまま』がいちおしだ。ドラッカーが『ファルスタッフ』のどこに感動したのかが知りたかった。人生の喜び?女にめがなくだらしないファルスタッフの人生に共感?そこにドラッカーが青春をおくった時代のドイツはナチス台頭の暗い時代だったことは無関係じゃないだろう。ヨーロッパにおいて悲劇よりも喜劇のほうが位置付けが高いのは、時代の暗さの中の一条の光だったのかもしれないな。やがてドラッカー青年は国を捨ててアメリカへわたるんだ。彼の苦境にはいつも『ファルスタッフ』がいたんだろう。
- by 九州教具(株)
- at 05:53
コメント
な、なんとPaece4Uさんことすぎさん。
そんなVIP体験があられるなんて!やはりすぎさんはタダモノではない。そんな天上人のパーティーってすばらしいんだろうなあ・・。
でもその小佐野さんはペントハウスの記憶はあられるんでしょうか・・。
ハワイって僕のようなお金のない人から、VIPまですべて迎えてくれるあのフレンドリーさ、いやホスピタリティがすばらしいんですよね。僕は大好きですね。
シェラトンワイキキですか、いいですね。ぼくはヒルトンがお気に入りです。(向いのパンケーキ屋さんが美味しいので、、)
ハワイ生まれの友達が、シェラトンワイキキなどのVIPホテルの経営の親族で、その会社のパーティーや、会長のオフに同行させていただいたりしました。(当然シークレットサーヴィスが付きます。) サーフライダーに行った時は腰を抜かしました。地下のパーキングからのVIP用のエレベーターにボタンは1つだけ、ペントハウスはOsano's roomとなっていました。そうです、「記憶にございません」の小佐野さんです。
え、え〜くまさん、京都より西に来たことなかとですか?!
と長崎弁になってしまうに〜。
くまさん、今じゃハワイまで10万以下ってパックもざらです。
よっぽど国内、温泉ツアーの方が高かったりするんですね(これも不思議なハナシだと思うが・・)
今、海外旅行は贅沢じゃありません。「行くんだ!」って意志だけですぞ!
こんにちは
ハワイですか?いいなぁ・・・
この歳になるまで パスポートを持ったことがないです。
(悔しいことに私と百歳の祖父以外は皆 持っているのに)
ホントに 狭い行動半径の中で暮らしています。
修学旅行で行った京都より、西に行ったことがありません。
飛行機ですら、三年前に初めて乗ったとです。
ひろし・・じゃなくて、くまです。
今週末は、せめて信州共和国から出て(笑)、
Peace4uさんお勧めのGregory Colbert/ashes and snow を観に行ってこようっと。