(ドラッカーはドイツでの学生時代ヴェルディが最後に書いたオペラ、シェイクスピア作『ファルスタッフ』を聴いて衝撃を受ける)私は調べた。信じがたい力強さで人生の喜びを歌い上げるあのオペラは、80歳の人の手によるものだった。・・・平均寿命が50歳そこそこだった70年前、80歳は珍しかった。-[1909-2005] ウィーン出身の米国の経営学者 ピーター・F・ドラッカー2000年の著書「プロフェッショナルの条件」より-
これを読んだときの状況ははっきり覚えています。2004年6月、バイカー修ちゃんはハワイにおりました。バイカー修ちゃんのハワイでの過ごし方ってのはね、1.読めなかった本を山ほど持っていく。2.シェラトンワイキキ(ここはいいよ!)のプールサイドで山積みした本を読む。3.ホテルのビールは高いので通りのABCマートで3ドル90セントでビールを6缶買ってくる。4.10時くらいになると、ダイヤモンドヘッドまでジョギングする。片道4~5キロくらいで標高差があって気持ちいい。5.帰ってきたらプールで綺麗なお姉さまやおじいさんとプール・エクササイズをしてまた本を読む。まあ、これがバイカー修ちゃんのハワイの日課です。そんな中でこのドラッカーの「プロフェッショナルの条件」を読んだのだ。この本ドラッカーが80歳頃に書いた本だけど(中身は今までの重複が多いけど)あいかわらずエキサイトだ。しかし、このヴェルディの『ファルスタッフ』を聴いて衝撃を受けたってところがおもしろい。こりゃシェイクスピアの『ウィンザーの陽気な女房たち』が原作だ。シェイクスピアの喜劇はほんとにおもしろくてバイカー修ちゃんは『お気に召すまま』がいちおしだ。ドラッカーが『ファルスタッフ』のどこに感動したのかが知りたかった。人生の喜び?女にめがなくだらしないファルスタッフの人生に共感?そこにドラッカーが青春をおくった時代のドイツはナチス台頭の暗い時代だったことは無関係じゃないだろう。ヨーロッパにおいて悲劇よりも喜劇のほうが位置付けが高いのは、時代の暗さの中の一条の光だったのかもしれないな。やがてドラッカー青年は国を捨ててアメリカへわたるんだ。彼の苦境にはいつも『ファルスタッフ』がいたんだろう。



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