日本人は当然ながら西洋の精神科学を賞賛し、偉大な理想を抱きつつ自ら学問に没頭し、また成果をも挙げている。ただ、願わくば西洋に先んじた自らの偉大な徳を、汚さずに保ち続けることを念頭に置いて欲しい。即ちそれは、生活を芸術的に築き上げることであり、個人の欲望を抑えた簡明、質素な態度、そして心の澄明(ちょうめい)な静けさなのである。
-[1879-1955] ドイツの理論物理学者 アルベルト・アインシュタインが1922年来日に際して残したとされる手紙-
アインシュタインが日本を礼賛する内容の手紙を出したのは1922年に来日して約1ヶ月半滞在したときだと言われています。門司から帰国する最後の数日間を「門司三井倶楽部」ですごし、ここにその調度品や手紙を再現しています。バイカー修ちゃんもここで手紙の写しを見ました。まあ、世間ではこれが本物かどうかいろいろな意見が飛び交っているようですが、アインシュタイン自身も「平和感」については180度発言が変わったりしています。彼もユダヤ人だし一人の人間だと思うぞ。人間だれしも考え方がまったく変わってしまうことはよくある話だ。だから素直に受け取ろう。いい話なんだから。バイカー修ちゃんは素直に感動した、これを読んだとき。直感的にアインシュタインならこう言いそうな気がしたんだ。戦前の日本を訪れた外国人の日本に対する評論はいろいろ残されていて、単なる後進国扱いから、道徳的意識の高さに感銘する人やらがいろいろだ。まあ・・本国では「変わり者」扱いされている人が日本を礼賛する傾向があるとバイカー修ちゃんは感じている。そりゃそうだろう。エリートで本国の思想に凝り固まった帝国主義者で植民地主義の人にはわが国のよさなんかわかろうともしていないのだ。その逆にどっか本国になじめない人がこの国に魅了される。まあ、ラストサムライのオルグレンみたいなもんかな?で、アインシュタインは後者の方だろう。彼には故国がない。彼の発言に「もし私の「相対性理論」がうまくいったとわかれば、ドイツ人は私を「ドイツ人」と呼び、フランス人は「世界市民」だと宣告するだろう。だが、もし私の理論が正しくないと判明すれば、フランス人は私を「ドイツ人」と呼び、ドイツ人は私を「ユダヤ人」だと宣告するだろう」(2001年2月16日バイカー修ちゃん今日の一言掲載)とあることからも彼は孤独だったんだろう。日本に来た時はドイツ人だったけど、その後アメリカに亡命している。彼の滞在時、日本人は彼に親切だっただろう。彼が深く感銘しても不思議はないはずだ。彼にはけっこう心温まるエピソードが多いから。



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