子供に対する母親の愛は最も利己心のない愛である。が、利己心のない愛は必ずしも子供の養育に最も適したものではない。この愛の子供に与える影響は、少なくとも影響の大半は暴君にするか、弱者にするかである。
-[1892-1927] 小説家・俳人 芥川龍之介の言葉-
芥川竜之介は不思議な作家ですよね。バイカー修ちゃんも家族もよく読んでます。「杜子春 」「芋粥」「蜘蛛の糸」・・最近では、「魔術」「妙な話」を読みました。ちょっと怖くてユーモラスで・・独特の世界があって大好きです。バイカー修ちゃんの地元長崎では、カステラのCMに芥川龍之介の話がでてきます。カステラが好きでなんと一日、一斤(いっきん)もたべたとのこと。今日の一言は、最近「教育改革」でもめにもめていることからふとこの龍之介の言葉が思い浮かびました。日本は子供の楽園であったと昔、日本にきた欧米人大使が語ったとのこと、欧米に比べ子供を大事にし、村ぐるみで育てるという風土があった。でも今はその面影もない。バイカー修ちゃんの世代がその片鱗をしってる最後の世代かもしれないなあ。バイカー修ちゃんの友人には、世の中の不安さに子供をつくらないと決めた夫婦もいる。甘やかし放題、「個性の尊重」とかいって放任してるだけ。そりゃあ違う。子供は動物以下だとバイカー修ちゃんは思ってる。動物は生まれたときから少なくとも歩いたり、食べ物を判断したり「本能」が備わっているけど、人間は「本能」が壊れているから何でもかんでも教えてあげなきゃまともな「人間」にはならない。この「本能」が壊れて「いちから教える」というシステムが人間をここまで進化させたんだろうけど、まちがって放任や甘やかしのまんまだと「人間」になれない子供がたくさん出るわけだ。こりゃ大人の責任だよな。子供の社会問題は大人になれない親の問題でもある。芥川のお母さんは発狂したらしい。これが彼の人生を人とかなり違った人生にしたのかもしれない。作風にもそれがでているようだ。そして「ただぼんやりした不安」という謎めいた遺書とともに彼は亡くなった。彼も大人になれなかった大人だったのかもしれない。



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