2007年04月21日
ヘルマン・ヘッセ
学問とは相違を発見することに没頭することに他ならない。学問とは識別の術である。
-[1877-1962] ドイツの詩人 ヘルマン・ヘッセの言葉-
子どもに「勉強は大事」だって言わない親はいないと思う。では子どもから「勉強ってなに?」って聞かれたことありませんか?「学問」って置き換えてもいいかな?なんて答えます?いい会社に入る為?じゃあいい会社ってなに?・・って延々と続くんですね。学問ってなんでしょう?・・で、ヘッセはこう言ってる。デカルトは「学問とは方法づけられた知識の体系である」って言ってる。こりゃあたりまえだ・・ってデカルトは400年も前の人だ。やっぱり学問っていうのは、世の中のわけのわからない流れの中で「自分」の位置を示すための知識の集合体ではなかろうかと思うんだ。自分がどこにいるのかわからないと不安で生きていけない。人間ってそういうもんだ。その学問が根本的に欠けると、自分の位置を示す指針に他人を必要とする。誰だってそうなんだけどこれが過剰になると、他人に依存する。他人に依存するから不安定だ。だから心の病になる。孤独を恐れるってのは、自分を見失うからだろうと思うぞ。誰だって孤独は怖いけど、孤独の中からしか導きはインスパイアされないでしょう?その自分を見失わないために勉強するんだろうなあ。ってこれが根本的に欠けているからバイカー修ちゃんは不安定なんだろうなあ。最近、本当に悩み多きバイカー修ちゃんなんです。孤独を恐れるくせに、集団に交われない。自分のいどころがよくわからない。そういうときは・・このバイカー修ちゃん今日の一言のバックナンバーを読むのさ。なんか楽になるから。
- by 九州教具(株)
- at 11:38
コメント
くまさん!お久しぶりです。
僕だって考えたことないよ〜。
僕が逃げない?違います。
自分の位置を見失っているからどこに逃げればいいのかわかっていないだけです。
だから悩むんですよ。
こんばんは ご無沙汰してました。
流れの中で「自分」の位置を示すための知識の集合体・・・
学問をそんなに高次元で考えたことなかったです。
私の場合せいぜい「ただ知ることが快感だから、または生きるのに必要だから・・」ぐらいまでしょうか。
自分の位置を見失っても、それに気づかないフリして鈍感に生きている人は、多いと思いますよ。(私も含めて。)
修ちゃんは、逃げないから悩むんでしょうね。