2007年02月28日

ヴィクトール・ユゴー

ある種の思考は祈りである。身体の方がどんな態度を示そうと、魂の方はひざまずいている場合がある。
-[1802-85] フランスの詩人・小説家 ヴィクトール・ユゴーの言葉-

深い言葉だねえ。どんな場面を想像してユゴーがこの言葉を言ったのかはわからない。でも、ビジネスの面ではこれはよくわかる。商談をしていると、どんなに自信のある態度をとりつくろっても、心の中は相手の出方に縛られている。もう受注を祈っているんだけど、口ではそうは言っていない。こんなことってないですか?恋人や愛する人を疑って、きついことを言ってはみても、心の中は祈っている。こうなったのは自分のせいではないか?と魂はひざまづいている。これって個人でもそうだし、国と国の交渉でも言えると思うぞ。日本だって神風攻撃までして徹底交戦を行ってはいても、ソ連を介しての停戦工作を水面下ではやっていた。うまくいくはずもないんだけど。「進め!一億火の玉だ!」なんてスローガンなんかほとんど祈りっていうか呪文だな。「格差反対!」って叫んでいるけど、みんな心の中じゃ人と差別化したい欲望を持っている。金持ちを憎んでも、自分が金持ちになったら貧乏をさげすむもんだ。人間って本当に矛盾してるよねえ。人間ほど美しいものもなし、人間ほど醜いものもなし。

トラックバック

トラックバックURL:

コメント

コメント入力フォーム

(朝礼ネタ・スピーチに名言コラム〜社長ブログ・今日の一言 にはじめてコメントされる場合、不適切なコメントを防止するため、掲載前に管理者が内容を確認しています。適切なコメントと判断した場合コメントは直ちに表示されますので、再度コメントを投稿する必要はありません。)

フォーム