2007年02月01日

マーク・トウェイン

躾とは、自分のことをどれほど多く考えているか、他人のことをどれほど考えているかを隠すことである。
-[1835-1910] 米国の小説家 マーク・トウェインの言葉-

もう一発マーク・トウェインをいってみよう。これはバイカー修ちゃんが彼の言葉でいちばん好きといってもいいくらいの言葉なんだ。「躾」(しつけ)についてこれは達観だ。東洋的でもある。すばらしいと思わない?「自分のことを考え」「他人のことを考え」それを「隠す」っていうんだから!なるほどねえ。マナーのなってない人は確かに自分本位だね。バイカー修ちゃんちは母が茶道をやっているものだからひときわマナーにうるさい。日曜日なんか午前中は着物着た母が中心になって小四の娘のたてた茶をみんなで作法にのっとっていただいたりするのだ。これもなれると心地いいものだ。茶道なんてほんとに「他人のことをどれほど考えているか」というホスピタリティの観点から行動様式ができている。見事なものだ。もう身のこなしから変わってくるよ。人生まで変えるな。それに対しいちばん耐え難いマナーのなさ、いや躾のなっていない例は「食べ方」だ。これにその人の品格が悲しいくらいあらわれる。隠しようがないんだ。「食べる」ってのは欲の根幹だから、その人の人間性がもっともあらわれるんだ。くちゃくちゃ音をたてる。椀(わん)を持たず頭を下げて食べる「犬食い」。箸(はし)で刺して食べる「刺し箸」。取り箸を使わずじかに箸で皿からとる。ほおばる。洋の東西を問わず会食をするのは、「相手の品格」をテストしていると思うべきだ。いかに自分本位なのかを思い知るべきだよ。躾のよさは人に感動を与えるからね。身振りは人なりっていうでしょ?

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