2006年12月25日

本田宗一郎

変化の激しい時代に、私は「石橋を叩いて渡る」ということはやらない。石橋だったら叩かずにすぐ渡ってしまう。大丈夫だと思ったら時間をかけず、スピードを重んじる。スピードによって人生というものは決められると信じているからだ。スピードは必然的に時間的資産を生み出す結果となり、スピード化はその分だけ人生を豊富にしているのである。人生僅か6〜70年といわれるが、スピード化されそれを利用することにより、われわれの人生は90年にも100年にも匹敵することになる。医者や薬だけが寿命を延長するものではなく、スピード化こそ真に人生の延長となりうることを信じて疑わない。このことは世界をとおして共通に言えることである。
-[1906-91] 本田技研創業者 本田宗一郎の言葉-

バイカー修ちゃんは本田宗一郎が大好きだ。永遠のアイドルといってもいい。子供の頃から「宗ちゃん」の物語を読んだりしていたし、バイカー修ちゃんがバイクに興味をもって、「ホンダCB400Four」を乗り回したりしていた18歳ころは、本田宗一郎は健在だった。もう「バイクはホンダ」日本のバイクで「ホンダ」以外はダサく感じた時代だった。1979年バイカー修ちゃんハタチのとき、「ホンダCB750F」というバイクが出た。もう夢にまででたね。コレに乗る為に当時超難関といわれた「大型二輪免許」もとったのだ。外国のバイクの横に置いてもヒケをとらないスタイリングと性能。それまで日本のバイクにつきまとう性能一流、カッコ三流をふっとばしたバイクだった。そのバイクに本田宗一郎を見てたんだねえ。友人が買った。うらやましかった。ボクのヤマハの650はまったく追いつけなかった。・・でお金をバイトで貯めてたら、1981年ダサいメーカーの横綱だったスズキからもっと強烈なバイクがでた。自社のダサさにもう後がないと思ったスズキはドイツ人デザイナー、ハンス・ムートを起用。傑作「スズキGSX1100カタナ」がでた。これの750版がでると読んだ修ちゃんはカタナの750を買ったのでした。今・・このカタナは1100になっていまだにバイカー修ちゃんの倉庫においてあります。あんなにファンだった本田宗一郎のバイクもクルマも一台も持っていません。なんかホンダは変わってしまったような気がする。なんかあのあか抜けないトヨタっぽい会社になったような気がする。世界一のバイクメーカーはお行儀よくしないといけないのかもねえ。

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コメント

名無しさん、いらしゃい!
そうですねえ、そんな気がしないといったら嘘になるかもしれないな。
そういう声を聴くことも大事だよね。

  • バイカー修
  • 2007年08月30日 20:43

ホンダは長年王者となり調子に乗りすぎている。まさに自信過剰。あとは墜ちるだけ。

  • 名無し
  • 2007年08月30日 17:59

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