恋をすると、すぐ身近に、しかしいくら願っても手の届かない巨大な幸福があるような気がする。しかもその幸福は、ただ一つの言葉、一つの微笑みにのみ左右される。
-[1783-1842] フランスの小説家 スタンダール「恋愛論」より-
うまいこと言うねえ。恋と愛は違うのだということを以前、哲学者の芳村思風先生に直接学んだことがあるんだ。恋とは、動物の生存本能からくるもので、種族を増やすために、相手がすべて最高に見える。つまりあばたもエクボに見える。恋は盲目ってやつですな。これで一気に「できちゃった婚」になるのは種族保存のためなのですねえ。愛は違う。恋の段階を経て、結婚なんかすると相手のあばたはあばたに見えてくる。おならの音だって聞いちゃうし、だんだん美しかった人は普通の人に見えて夢は現実になってくる。ここからなんですよ。本番は。相手の悪いところも、ウソも、だらしないとこも、全部飲み込んで「それでも相手を好きだ」と思う心が愛なんだと。愛とは恋が終わるときに始まるのだと。この考えの前提に、スタンダールの説く、恋の理論があるんですねえ。恋する相手の「一つの言葉、一つの微笑み」に一喜一憂するでしょ?じつはなんの深い意味もないのに、意味を求めるでしょ?このときの人間が一生でいちばん「気付きのスキル」が高い段階だと思うなあ・・。一生このレベルで気付きのスキルが続くと大成功の人生になるんだけどなあ。



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