2006年06月07日
ポール・ゴーギャン
「観る」ためには目を閉じるのだ。
-[1848-1903] フランス後期印象派の画家 ポール・ゴーギャンの言葉-
マティスに続き、画家シリーズ今回は巨匠ゴーギャンの言葉です。ゴーギャンといえばタヒチですね。またヨーロッパ時代はゴッホといっしょに生活してたが破綻したのは有名な話。またこの人もゴッホ同様「亡くなってから認められた」画家だな。芸術家、特に画家は生前から巨匠になれる例は少ないよね。宮廷画家ならいざ知らず、ピカソみたいな人はまれだね。奄美大島の田中一村なんかまさに日本のゴーギャンだと思うぞ。彼も認められないまま奄美で寂しく死んでいった。ゴーギャンの残した言葉は魂の叫びともいうべきものが多い「できることなら野蛮人になって思い切り絵を描きたい」とかね。この想いが彼をタヒチに誘ったのだろうな。でも19世紀末のタヒチは今の観光のメッカのタヒチとは違うぞ。そこは貧困と文明とは無縁の世界だったはず。どちらかといえばフランス人にとっては「世捨て人」の流刑地的場所だったはずだ。『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか』彼の一世一代の大作はここで生まれた。破滅的人生かもしれない。狂人的人生かもしれない。しかし「芸術」とはそういうもんだろう。狂人でなければ見えない世界の扉が絵画なのだ。ゆえに芸術を理解しない大部分の方のほうが正常なのかもしれないし、芸術に共鳴する人は「危ない人」かもしれないぞ。バイカー修ちゃんはそっちの人だね。うん。でも美の象徴は女性だっていうけど、この美はほとんどの男性が理解するから男性は元々芸術思考なんかもしれないな。
- by 九州教具(株)
- at 09:42
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