カール・セーガン

想像力はややもすれば、突拍子もない世界へ我々を運び去るものだ。だが、それ無くしては、我々は何処へも往けぬ。

-[1934-96] 米国の天文学者・小説家 カール・セーガンの言葉-

カール・セーガン博士が亡くなってもう10年になる。バイカー修ちゃんは宇宙への夢、今もよく見る宇宙への夢。どこか宇宙の惑星の光景。そこに一人いるのだ。もう永遠にそこにいるような感覚なのだ。夜なのに明るい。海がある。あふれんばかりの星空。その夢の光景を思い描いたのはセーガン博士の「コスモス」だった。その夢の光景を目の当たりにしたのがやはりセーガン博士原作の映画「コンタクト」だった。ラストでのジョディ・フォスター扮するエリーの父の姿を借りて登場したベガ人とのコンタクトシーン。それはエリーが子供の頃から絵に描いていた「ペンサコーラ海岸」だった。このペンサコーラの風景そのものがバイカー修ちゃんの夢の風景だった。なぜ、同じカメラと機材でこんな世界を描けるんだろう。その大部分は日本製なのに、この圧倒的臨場感はなんなんだろう。泣けました。これはまさしくカール・セーガンの世界です。原作よりダイジェスト的だって?そのような指摘もありますが、映画は2時間という枠にとらわれている限り全て原作のダイジェスト版です。その論法でいったら、「風と共に去りぬ」なんて原作のほんの一部分の寄せ集めです。その物理的に足りない時間というスペースを映像と音声という「暗黙知」でうめていくのが映画でしょ?受け手の器が左右するのでしょうし、アラを探せばきりがない。明日からはこの「コンタクト:映画版」の名言をご紹介いたしますね。

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