2006年01月13日

トーマス・スターンズ・エリオット

普通の人が懐疑家だとか無信仰者だとか自称する時は、大抵の場合何事でも最後まで考え抜く気持ちのないことを覆い隠すただのポーズである。

-[1888-1965] 英国の詩人 トーマス・スターンズ・エリオット「フィーリクス・ホルト」の言葉-

「フィーリクス・ホルト」からもうひとつ紹介します。日本人には無信仰者だとか無神論者とか往々にして口にする人が多いけど、こういわれるときついなあ。でもそのとおりだったりして。無神論者なんていうのはさ、「いきあたりばったり」「ご都合主義」を肯定しているようなものだからさ。あまりほめられたものではない。神を信じなくともその一部である道徳は信じてるだろうから。それを信じないとなるとその人そのものを信じられない。人から信じられない人は、他人をも信じない人だし。他人を信じない人は・・・自分自身を信じていないのだ。人間なにかを信じないと生きていけないのでこのような人は擬似的に信じるものが必要になる。それが多く場合「カネ」「金」ってパターンが多いんだな。「カネの価値は変わらない」とかいって。でもね、「カネ」はモノだから減っちゃうんだ。使っちゃうと。豪遊して足りなくなると子供を誘拐して「カネ」に変えようとする不埒(ふらち)な人もでるんだから。まあ、いつの世もこんな人はいるんだよな。だから信じるものはモノでなくて精神がいいよ。増えることはあっても減らないから。

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