ジグムント・フロイト

死そのものは生物学的必然ではないかもしれない。多分、われわれが死ぬのは死にたいからである。

-[1856-1939] オーストリアの神経科医 ジグムント・フロイトの1930年の言葉-

バイカー修ちゃんはこのフロイトの考えに目からウロコがおちました。なぜか?この発想の自由さで す。「死ぬ」という生物として絶対的なことをこのような「主体的」に死ぬるのだという感覚で考えられるという発想の自由さがフロイトに「精神分析」という 発想を思い至らせる大きな要因であったことは間違いないと思うぞ。このような発想の自由さがないと、考えを枠に入れて規制するような発想では、TBSのよ うにいまさら泣き言発言になっちゃうぞ。いったいニッポン放送フジテレビ事件で何を学んだんだろうなあ。

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